*少しでも ちょっとでも*
(絳攸・楸瑛・邵可)


【1】

俗にいう「丑三つ刻」という時刻。
夜も更けた府庫の奥で、李絳攸は苦々しそうに呟いた。
「まだ、半分か…………」
彼の目の前には書翰が山と積まれていた。
これを朝までに仕上げねばならないと思うと、自然と溜息が零れる。もういっそこの書翰の山を燃やしてしまいたい、そんな衝動に駆られるほど、彼は精神的に参っていた。
だが実際にはそんなことできる訳がなく、絳攸にはこれを片付けねばならない理由があった。
官吏になって、出世して、ある人の側まで上り詰め、その輔けになる。
その思いだけを持って、やっと出発点とも言うべきここまできたのだ。まだ始まってもいないのに、こんなところで、こんなことで、それを諦める訳にはいかなかった。
「…………よし、やるか!」
気合を入れ直した絳攸は、白い進士服の袖をを捲くりながら立ち上がった。
絳攸が書翰の仕分けを始めると、少し経ってからキィと扉が開いた。
「ただいま絳攸。――おお、やってるねぇ」
扉を開けて入ってきたのは、絳攸と同期及第である藍楸瑛だった。彼も絳攸と同様、華やかな風貌がやつれて見える。それもそのはず、二人はここ五日ほど、仕事でほとんど寝ていなかった。
ふらふらと絳攸の側へと寄ってきた楸瑛は、すぐ横の椅子に倒れるようにして座りこんだ。
「言われた書翰、届けてきたよ。次はできてる? 私はどれを処理すればいいのかな」
「ああ、少し待ってくれ。今分けるところだ」
絳攸と楸瑛は、状元と榜眼という立場からそれぞれハンパない量の仕事を割り振られていたが、他部署へ書翰を届けに行くとどうしても迷子になってしまう絳攸と、頭脳だけでなく体力にも自信のある楸瑛との共同戦線が張られたのは、割と早い段階だった。もちろん、進士同士、協力分担することで少しでも効率よく仕事をこなすためだ。
書翰整理に長けた絳攸が府庫に詰めっきりでそれを処理し、終わったものを楸瑛が配達(もちろんそれ以外の時間は書翰整理もする)、という役割分担はかなりの成果を上げていたのだが、このところやけに回ってくる書翰の量が多かった。それは、嫌がらせだけではなく、二人の事務処理能力の高さに目をつけた官吏たちからもここぞとばかりに雑務が回されてくるようになったからなのだが、当人たちにとってはまったく嬉しくない事態だった。仕事を回す方の意図がどうであろうと、嫌がらせ以外の何物でもない。
そんな訳で、現在二人は修羅場の真っ最中にいた。

【2→】
【過去小説1】
【最新小説もくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.