*春雪*
(黎深・絳攸・楊修)
【2】
その返事を受けて、男は絳攸の隣に腰を下ろした。
「ありがとう。――あなたは、李進士、ですよね」
史上最年少で状元及第した絳攸はすでに、知らない人から名を問われることに慣れていた。自分の持つ肩書きや容姿が、他人の興味をそそるものであることは一応理解している。
ああひょっとしてこの人も縁談がらみもしくは今のうちに誼を結んでおこうというハラか、それとも嫌がらせや仕事の邪魔をしにきたのかもしれない、と思いながらも絳攸は頷いた。
「はい、李絳攸と申します」
「そうですか、あなたが……」
男はそう言ったきり、絳攸を観察するような視線で眺めた。
眺められていた時間はそれほど長くはなかったのだろうが、あまりの居心地の悪さに絳攸は困惑の声を上げる。
「あ、あの……?」
「……ああ、すみません。仕事の邪魔をしてしまいましたね。どうぞ続けてください」
男はそう微笑むと、自らも書翰をめくりだした。
それを確認して絳攸も仕事の続きを始めたが、その進みはさきほどよりも大分ゆっくりとしたものになった。集中しきれないのだ。
好意を持って話しかけられたり、逆に悪意を持って仕事の邪魔をされるのは慣れているからまだいい。どうにかしてあしらうか、ひたすら耐えればいいのだから。
だが、ロクに知らない相手にこんな風にただ横にいられるのは、正直言ってどうすればいいのか分からなかった。
(なんだろう、なんだか苦手だ、この人……。楸瑛、早く帰ってこないかな……)
同じ進士である藍楸瑛が、手にいっぱいの処理済み書翰を抱えて配達に向かったのは少々前のことだ。広い朝廷中を回ってくるには、少なくともあと半刻程度は掛かるだろう。
(くそ、こんなにあいつが待ち遠しいのは初めてだ……)
そう思いつつ、絳攸は無理にでも仕事に集中しようとした。
と、どこからかコツコツと沓音が聞こえてきた。その音は次第に近くなってくる。
(ひょっとして、楸瑛か!? ずいぶんと早いが……)
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