*親の心子知らず*
(黎深・絳攸)
【2】
「お、わった………………」
通常業務のかたわら、王が突然言い出した"健康診断"とやらの実施案を徹夜でまとめていた絳攸は、筆を置くと溜息をついた。朝、上司が出仕したらさっそく確認してもらおうと思いつつ、たった今書き上げたばかりの書翰を確認するともなしにめくる。
絳攸はめくりながらブツブツと呟いた。
「あいつは何だってこんな時期にこんなことを思いつくんだ、まったく!」
王が考えた、官吏たちの健康状態を定期的に調べる制度というのは確かに悪くない。むしろ良い案だと絳攸も思っていたが、その準備を自分がしなければならないとなれば話は別だった。愚痴のひとつやふたつやみっつ、あとで直接王に言ってやろう、と思いながら絳攸が筆と硯を片付けようと席を立ったそのとき。
前触れもなしに侍郎室の扉が開いた。
「おや。私を置いてどこに行こうというのだね、絳攸」
「れ、黎深様……」
もう出仕なさる時刻だったのだろうか、いやそれにはいささか早い気がする、と目を瞠った部下を後目に優雅な動きで室の扉を閉めた上司は、これまたゆったりと自然な動作で椅子へと腰を下ろした。机案に置いてあった書翰に目をとめるとうっすらと笑う。
「ほう? できたのか」
そう言って書翰を手に取った上司を前にして、その場に立ちつくしていた絳攸は硯箱を机案に戻すと自分も椅子に座り直した。いつもサボり魔で気まぐれな上司が自発的に書翰を見てくれるというのなら、見てもらわない手はない。
パラパラと書翰をめくった黎深は、ふん、と鼻を鳴らした。
「普通だな」
もっとひどいダメ出しをされるかと思っていた絳攸は、安堵の息をつきかけた。
「だが……」
「な、何かありましたか!?」
上司の洩らした2音にドキンと心臓を跳ねさせて、絳攸は顔を上げた。そんな部下の慌てた顔を見た黎深は、楽しそうに微笑む。
「せっかくの"勅命"だ。利用しない手はないぞ、絳攸」
「え……?」
上司の笑顔の裏を瞬時には図りかねて、絳攸は首を傾げる。
滅多に見られない上司の笑顔にうっかり見惚れかけていた絳攸は、フフフと室に響いた低い声に身体を強張らせた。
「ふっふっふっ……。おいぼれどもがイマサラ健康診断などしたところで意味がないのだ。しっかりと自分の健康と体力の限界を感じて、自ら退官して頂こうじゃないか、絳攸」
いい首切りの材料ができたな、と悪辣な笑みを浮かべた上司に、絳攸は顔をひきつらせることしかできなかった。
【←1】 【3→】
【最新小説もくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.