*にわにはにわにわとりがいる*
(黎深・絳攸)


【3】

「ほう? 食べるわけでもないのに鶏を捕まえたかったのか? 暇そうだな、お前。もっと仕事を与えてやろうか、んん?」
「け、結構です!!!」
青い顔で首をブンブン横に振る絳攸に、黎深は扇の裏でくすりと笑った。
職場ではいつも完璧な論理で黎深の補佐を立派に務め上げる絳攸が、しどろもどろでこんなに慌てる姿を見れるのは自分くらいだろう。
「それは残念だ。――それよりいいのか? 逃げた鶏を捕まえなくて」
「あっ!」
我に返った絳攸が振り返ると、鶏はすたこらさっさー、とばかりに遠くへ逃げている。紅家本邸は広大で、建物の数も多い。見晴らしのいいこの庭院以外に逃げ込まれたら、絳攸に勝ち目はない。
鶏を追いかけ、絳攸は再び駆け出した。
しかし黎深はその背に容赦ない言葉を投げかける。
「お前の幼稚な罠や、そんなへっぴり腰の追いかけっこではいつまで経っても捕まえられないぞ? 鶏一羽捕まえられないとは、まったく情けない」
「……くっ」
朝廷では「悪鬼巣窟の吏部を束ねる、怜悧冷徹冷酷非情な氷の長官」と恐れられる容赦ない上司兼養い親のその言葉に、絳攸の動きが一瞬止まる。
だがそのことは先ほどから絳攸も少し気づいていた。ただその事実を認めたくなかっただけで。
「……れ、黎深様、……どうしたら捕まえられるんでしょう…………」
「ヘンに追いかけるから捕まらんのだ。追われたら逃げるのが生き物の本能だろう?」
「でも追いかけなければ捕まえられません」
「お前のやり方では無理だと言ってるんだ」
黎深がそう言うと、絳攸は口をヘの字にして首を傾げた。
この養い子はときおり「当然分かるだろう」ということが分かっていない。本人の望むまま勉強ばかりさせすぎたせいか、と黎深は今更ながらに思った。そんなところも可愛い、と思っているなど、絶対本人には気付かせたくないが。
黎深はパタンと扇を閉じると懐にしまい、パンパンと掌を打った。

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