*ななつのちかい*
(黎深・絳攸)


【2】

ズルズルと絳攸を引き摺ったまま吏部へと戻ってきた黎深は、呆然自失したままの養い子を侍郎室に放り込むと長榻へと投げた。
と、いまだ視点の定まっていない養い子の顔前でパンパンと数回手を打つ。
「絳攸、いい加減目を覚ましなさい」
「…………はっ! は、はい黎深様!!」
ワタワタと起き上がり長榻に腰を掛けた絳攸は、ピシと鼻先に付きつけられた扇を見て再び固まった。そろりと視線を上げると、いとも優雅に微笑む養い親と目が合う。
「お前、私にウソをついたな」
「は……、はい……。すみません…………」
それに関しては何も申し開きはできない。絳攸は素直に頭を下げた。
「あの藍家の小僧に簡単に騙されただと? ふん、『朝廷随一の才人』が聞いて呆れるな」
「…………すみません」
絳攸が藍楸瑛の言葉通りに”えいぷりるふぅる”を実行したのは事実だ。
「それから、兄上と2人きりでお茶を飲んだな」
「の、飲みました……」
イキオイとはいえ黎深にウソをついて尚書室を出た後、絳攸は黎深の兄・邵可のいる府庫へと向かったのだ。絳攸はそこで確かに、邵可と茶を飲んだ。
「それにさっき私のことを『紅尚書』と呼んだな」
「よ……、呼びましたよ……」
普段から公の場ではその呼称を使っている。というより、絳攸が侍郎に就任した際、「そう呼べ」と言ったのは黎深自身だった気がする。
「仕事も終わっていないな」
「…………はい……」
絳攸がチラと視線を送ると、机案の上にうずたかく詰まれた書翰の山が見えた。そのうちのほとんどが、本来なら尚書がするべき仕事であるのだが……。しかも心なしか先ほどより増えている気がする。
「……………………」
「……………………」
黙ってしまった黎深を上目で窺いながら、絳攸は大人しく判決が下るのを待った。
くっと笑った黎深に、絳攸は反射的に身を竦ませる。
「――よし。仕方がない、見守ってやろう」
「………………え?」
話の流れがまったく見えずに、絳攸は目を丸くした。
そんな養い子に、黎深は楽しそうに笑いかける。
「お前が下手なウソをついたり、くだらない小僧の言葉に惑わされたり、ふらふらと兄上の所へお邪魔をしたりせず、きっちり職務を遂行するように、これからしばらくは私が直々に見守ってやる、と言ったのだ。……どうだ、いい上官だろう? 子の監督は親の責任でもあるしな」
「え、ええっ!? いえあの、仕事をして頂けた方が、"いい上官"だと思えるんですけど……」
それにそれはどちらかというと"見守る"というよりも"見張る"や"監視"という単語の方が似合う気がする、と絳攸は思ったがそれを口にすることはできなかった。
「何だ絳攸、何か言ったか?」
「……いえ……、なんでもありません……」
にこにこと笑う黎深には逆らえず、絳攸は「よろしくお願いします」と小さく呟いた。

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