*続・衣替え*
(黎深・邵可)
「衣替え」をお先にどうぞ


【1】

邵可はとある気配に気付いて、書翰を繰っていた手を止めた。
そろりと近づいてくるその気配は、邵可の知ったものにとてもよく似ている。――だが少しばかりいつもと様子が違っていた。
(おや、この気配は黎深……? でもおかしいな。いつもと少々歩き方が違うし、衣擦れの音だって……。さっきも来たばかりだし、何かあったのかな?)
そう思いつつ、邵可は更に感覚を研ぎ澄ませた。
扉越しに感じるその気配は、確かによく知った弟のものだ。それは間違いない。しかし一体どうしたというのだろう。
弟の異変に少しばかりの不安を覚えつつも、邵可はただ無言で弟が扉を叩くのを待った。
それからしばらくして、コンコンと控えめに来訪を告げる音が響くと、邵可はつとめて冷静に声を返した。
「どうぞ」
きぃ、とゆっくりと開いた扉の先に立っていたのは、やはり邵可の予想通りの人物だった。
「あにうえ……」
だが落ち込んだ風情で室に入ってきた邵可の弟は、いつもと違う衣装を纏っていた。
様子が違ったのはそのせいか、と思いつつ、邵可は違うことを口にした。
「ああ、黎深。どうしたんだい、さっき帰ったばかりじゃないか」
そう言いつつ、邵可はそういえば……、と思い出していた。
彼は先ほど『どうして人の気配の区別がつくのですか』と聞いてきて、邵可はそれに『衣擦れや歩き方で分かる』と答えたのだ。きっと黎深は、衣装や歩き方が違っても邵可が自分に気付くか、確かめたかったのだろう。
「…………気付いて、いただけなかったのですね…………」
邵可の予想通り、そう落胆を口にした弟に、気付いていなかったわけではなかったのだけれど、と邵可は言おうとして、止めた。そんなことを言えば弟を有頂天にさせるだけだ。兄命・姪命を公言してはばからない黎深だが、本来彼にはもっと他に大切にしなければならない者たちがいるはずであり、そのためには自分は弟を突き放さなければならない、と邵可は思っていた。
だから、勝手に来て一方的に落ち込んでいる弟を、彼は決して甘やかしてやらなかった。
「きみは吏部に帰ったのではなかったかな。それに、その格好はどうしたんだい」
「……吏部に帰って、絳攸に借りました」
「"借りた"? 本当に? ――まさか、"奪ってきた"のではないだろうね、黎深?」
「借り、ました」
僅かに言葉に詰まった弟の様子に、真実は自分の予想通りであろう、と思いながら、邵可は苦笑する。
「まぁそういうことにしておこうか。でも黎深、きみに衣を貸してしまった絳攸殿は、さぞかしお困りだろうね」
「そんなことはありません。アレには私の衣を着せてきましたから」
「…………」
邵可はムリヤリ弟の衣を着せられている義理の甥の姿を想像して、瞬間言葉に詰まる。
「かわいそうに……」
思わず呟いた邵可に、黎深は少しムッとした表情を見せた。怜悧冷徹冷酷非情と評される吏部長官・紅黎深がこんなにもくるくると表情を変えるのは、邵可の前だけだ。
「どういう意味ですか、兄上」

【2→】
【最新小説もくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.