*案ずるよりも*
(黎深・絳攸)


【3】

にっこりと満面の笑みを浮かべた黎深とは対称的に、絳攸は顔を引きつらせた。
「私もお前も疲れているからな。帰ったら母屋に来い」
楽しそうな黎深は、きっとよからぬことを考えているに違いない。これは逃げるに限る、と絳攸は疲れた頭で必死に逃げ道を考えた。
「え、え、ええと、お言葉ですが黎深様、溜まっている仕事が……」
「そんなもの明日にしろ。今日は定時で上がり、私の元へ来るように。いいな絳攸、これは命令だ」
命令されてしまっては、絳攸に否と言えるわけがない。しぶしぶ、しぶしぶといった様子で絳攸はゆっくりと首を縦に振った。
「………………ハイ」
養い親が何を考えて絳攸を呼ぼうとしているのかは分からないが、ともかく今は早く侍郎室に戻って少しでも仕事を片付けるのが先だ。そう判断して、絳攸は黎深に退室の旨を告げると、彼に背を向けた。
それを黎深が呼び止める。
「待て絳攸」
「まだ何か?」
「お前は相当疲れているようだからな、これをやろう」
「え。あ、ありがとうございます」
ほれ、と渡されたものを見て、絳攸は表情を固まらせた。眉間にシワを寄せ、手の平に載せられたものをまじまじと眺める。無意識に受け取ってしまったが、手を出さねばよかったかも、との思いが彼の頭の中を駆け巡った。
「れ、黎深様、コレ…………」
彼の手の平に載せられた薬は、何を隠そう精力剤だった。確かに疲労には効くだろう。だが他のモノにも効きそうで、絳攸はそれをどうするべきか本気で悩んだ。
(こんなもの飲めるかっ!! ――いやいやでも、黎深様のくださったものだし……! だがしかし黎深様はなぜこんなモノを!!)
そんな養い子の心の中などお構いなしに、黎深は楽しげに笑うと扇を振る。
「ほれ、仕事が溜まっているのだろう、さっさと行け。――今晩、期待しているぞ、絳攸」
そう言われてしまい、もう絳攸は、ナニを、とは怖くて訊き返せなかった。力なく頷いて、尚書室を出て行く。
その日の吏部では、やたらと上機嫌で仕事をする尚書と、憔悴しきってふらふらとした侍郎、という世にも珍しい光景が拝めたという。

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