*案ずるよりも*
(黎深・絳攸)
【2】
きた、と絳攸は思った。
「それでお前、昨夜は邸に戻らなかったそうだな」
「……っ、はい」
「ということは、兄上の邸に泊まったのだな?」
「はい……」
「生意気に朝帰りなど――。しかも、あ、兄上の邸に泊まるなど……っ! 私とて泊めて頂いたことはないというのに……っ!!」
「す、すみません」
「その上、あの藍家の小僧と共に……!!!」
「? 黎深様、楸瑛は関係ないでしょう」
黎深の扇を握る手は怒りでふるふると震えていた。
黎深が誰より敬愛する兄・邵可邸に泊まったことを羨むのは分かる。だがそこに藍楸瑛は関係ない気がした。
首を傾げた絳攸に、黎深は渋面を作った。
「お前、いつまでもそんなことを言っていると、そのうち――、……いや、いい。分からないなら、いい」
「はぁ……」
何か釈然としないものを感じるが、彼がいいというならいいのだろう、触らぬ神に祟りなしだ、と絳攸は無理矢理に自分を納得させて頷いた。
ぱた、ぱた、と扇をあおぐ黎深をしばし見ていて、絳攸はふと気付いた。養い親でもある黎深の様子が少しおかしい。自分ほどではないが、目の下にうっすら陰りがあるような気がする。
そういえば、と絳攸は先ほどの黎深の言葉を思い出す。「戻らなかったそうだな」ということは、黎深もそれを伝聞したのだ。ということは……。
「あの、ですが、昨夜は黎深様もお戻りにならなかったのでは?」
「ん? ああ。鳳…黄戸部尚書のところで飲んでいた。それがどうかしたか?」
「いえ。少々お疲れのご様子でしたので」
「お前ほどではない。――ああ、そうだ絳攸、今日は定時で上がるように」
「え。」
何かを思いついたかのような黎深の表情に、絳攸は固まった。黎深のこの表情を見たあとは、いつもロクなことがない。にっこりと満面の笑みを浮かべた黎深とは対称的に、絳攸は顔を引きつらせた。
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