*案ずるよりも*
(黎深・絳攸)


【1】

目の下に立派なクマを作って出仕した絳攸は、朝一番で上司に呼び出された。
アノ上司に朝一番に呼び出されるときは、ロクなことがない、と身をもって知っていた絳攸は、くらくらする頭を押さえ、めまいを覚えながらもどうにか尚書室へと向かう。どんなに行きたくなくともすぐに行かねば余計にヤバい、ということも、絳攸はよく知っていた。
尚書室の扉の前で深呼吸をし、意を決してその扉を叩く。
「遅い」
こちらに背を向けるかたちで椅子に腰掛けたまま、振り向きもせず開口一番そうのたまった上司に、やっぱり、と絳攸は思った。ぱた、ぱた、とやる気なさげに扇をあおいでいるのが彼の肩越しに見える。
絳攸の上司――紅黎深は、首を僅かに動かし、ちらと視線だけを絳攸へ投げた。
「なんだその顔は。朝っぱらから疲れた顔をしおって……。そんなに私と顔を合わせるのが嫌か。んん?」
「そ、そんな訳はありません。早朝から黎深様のご尊顔を拝し、恭悦至極に存じます」
「ふん。そんな見え透いた世辞などいらぬ。――本当にひどいクマだぞ、絳攸? せっかくの……」
かわいい顔が台無しだ、とはさすがに続けられず、黎深はコホンと一つ咳を払った。
「まぁいい。政務に支障をきたさぬのならな」
「は、はい。気をつけます」
クマの理由を追及されるのかと思っていた絳攸は、その黎深の言葉にほっと息をついた。
クマの理由は「昨日仕事が引けた後、紅邵可邸へ風邪引き秀麗の見舞いに行ったら夕食を作るハメになり、更にその食事を摂る前に雪山へ遭難者を捜索しに行くことになって、更にその後、徹夜で庖厨の後片付けをしていたから。……に加えて、モロモロの事情で精神的重圧が重なったこと」なのだが、その詳しい経緯の説明をするのはいささか気が滅入っていたので、追及されなくてよかった、と絳攸は胸を撫で下ろした。
というか、その理由の大半は黎深もすでに知っているはずだ。
ああ、だからわざわざ訊かれなかったのか、と徹夜明けで朦朧とした絳攸は今更ながらに気付く。
そんなぼぅっとした風な絳攸を見遣って、黎深は扇の裏で溜息をついた。と、くるりと椅子を回転させて絳攸に向き直る。
――きた、と絳攸は思った。

【2→】
【過去小説1】
【最新小説もくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.