*秋の夜長に*
(黎深・絳攸)
【2】
黎深は絳攸の膝上に置かれたままの書物に気付いて手を伸ばした。
「何を読んでいたのだ? 『あばれ彩八州御用旅 〜どんなご用命でもお受けします〜 全商連公認商業読本』? なんだこれは」
「あっ、それは……」
「珍しく政事の本ではないのだな。なんだ絳攸、官吏を辞めて商人にでもなるつもりか? やめておけ、一人では満足に買い物にも行けないお前に商いなどできる訳がない」
「……別に商人になるつもりはありません。その書物は近頃話題のもので」
「ほう?」
「邵可様にお借りしたのです」
「それを先に言え!!!」
くわっと瞳を見開いた黎深は、盃を卓子に置くと、猛然とその書物を読みだした。――もちろんその前に書物のにおいを嗅ぐことも忘れなかったが。
いつになく真剣な表情で書物を読む黎深を見つつ、絳攸は溜息をつくと手酌で酒をあおる。
(俺が邵可様にお借りしたのに……。途中だったのに……)
すっかり書物に没頭してしまった黎深に、絳攸は口を尖らせながら一人でどんどん盃を干していった。
「はぁ〜、おもしろかった! やはり邵兄上の書物だけあるな!」
四半刻後、驚くべき早さで書物を読み終えた黎深は満足顔で絳攸に話し掛けた。
「それは…、ようございましたね」
「お前も早く読むがいい。いい話だ」
「早く読め、って、れーしんさまが、俺が読んでたのを、取り上げたんじゃないですかぁ」
普段よりいくぶん舌ったらずな口調で返してきた絳攸は、頬をほんのりと染め、潤んだ瞳で黎深を見つめてきた。拗ねたように尖らせた口唇が幼い印象を与える。
「絳攸? もう酔っているのか」
「酔ってません! まだまだ大丈夫れふ!」
酔っ払いは大抵そう言うものだ。
絳攸は盃に残っていた酒をくいっと飲み干して、片手に持っていた瓶子から更に酒を注ごうとした。
「……あれ、もうにゃい……」
逆さにした瓶子を振って呟いた絳攸を横目に、黎深は卓子の上へ視線を走らせる。
(無くなる度にいちいち家人を呼ぶのも面倒だと思って、かなりの量を用意させたはずなのだが……)
置かれた数本の瓶子を軽く持ち上げてみるとどれも軽い。すべて空だった。
「――どれだけ飲んだんだ」
黎深が書物に没頭していた時間はそんなに長くない。夕餉の後とはいえ肴もほとんど摘ままず一人でガンガン飲んでいた養い子に、黎深は眉をひそめた。
【←1】 【3→】
【過去小説1】
【最新小説もくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.