*秋の夜長に*
(黎深・絳攸)


【1】

絳攸は自室につくなり書物を片手に長榻に寝転んだ。
その日は珍しく仕事を早めに切り上げて、夕餉も自宅で摂った。しかも明日は公休日だ。秋の夜長、気兼ねなく心ゆくまで書物を読むことができる。そう思うと自然と笑みが浮かんだ。
ころん、と行儀悪く寝転がりながら、絳攸は書物の頁を繰っていく。
商人が難局を乗り越えながらあちこち行商を続け、ついには成功し大店を構えるまでの波乱万丈を、面白おかしく、かつ薀蓄を織り交ぜながら描いているその物語は、邵可が「おもしろいですよ」と薦めてくれたものだった。近頃王都の商人の間で大人気だというのも頷ける。確かに面白くてタメにもなるかもしれない。娯楽としてはなかなかの出来だ。
仕事ではいつも堅苦しい公文書ばかりを相手にしている絳攸だが、時にはこういったくだけたものも読んでみたくなる。絳攸のそうした心情を察して、邵可はこれを薦めてくれたのだろう。
(さすがは邵可様。よく分かっていらっしゃる)
そう思いながら、笑顔で書物を読み進めていく。
あと少しで半分になろうかというところで、扉が叩かれた。
トトン、という音に返事をする前に扉が開いて、絳攸は入口を振り返る。そこに立っていたのは家人ではなくこの邸の主だった。
「れ、黎深様……っ」
「なんだ絳攸、また書物を読んでいるのか」
唐突な養い親の出現に、絳攸は慌てて長榻から身体を起こした。寝転がって読書など行儀の悪い、と叱られるのでないかと思いつつ、しっかりと書物にしおりを挟む。
だが、黎深の言葉は絳攸の予想とは幾分違った。
「お前はいつもそればかりだな。せっかくの休みに他にすることはないのか。――暇なら付き合え」
「え……?」
絳攸の返事も待たずに黎深はずかずかと室へ入ってくると、後で控えていた家人に酒肴の用意をさせる。手際よく整えられていく卓子をぼーっと見ていた絳攸は、いつのまにか隣に座っていた黎深の声にハッと我に返った。
「なんだ、不満か? 私よりも書物の方がいいか」
「い、いえ。喜んでお相伴に与からせていただきます」
どうぞ黎深様、と瓶子を手に取ると、黎深の盃に酒を注ぐ。それを満足そうに干した黎深は、絳攸の膝上に置かれたままの書物に気付いて手を伸ばした。

【2→】
【過去小説1】
【最新小説もくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.