*ほわいとでー小話08*
(楸瑛・絳攸)


とんとん、と扉を叩く音のあとに入室を尋ねる声が聞こえて、室主である李絳攸はそれにまず沈黙を返した。
再度、とんとんとん、と扉を叩く音がして、絳攸は仕方なしに入室の許可を与える。いるんだろう、入るよ、と確信的な声音で問われては、是というほかなかったのだ。
「失礼するよ、絳攸」
「何の用だ楸瑛」
「おやおや……。いつもながら、つれないね、きみは」
せっかく良い物を持ってきたのに、と呟いた友人は、室主に勧められる前に手近にあった椅子に腰を下ろした。
書翰になにやら書きつけていた絳攸は、それを視界の端に捉えて、いささかわざとらしく顔をしかめる。
「まさか居座るつもりか? 見ての通り、俺は忙しい。とっとと帰れ」
「まぁまぁ、そう言わずに。――きみが忙しいのは私も重々承知しているのだが、でもどうしても、きみに逢いたくなってしまってね。……近頃は鍛錬も手につかなくて、食事も喉を通らない。私の心は一月ほど前から、きみのことで一杯なのだよ。きみが私に、"愛のばれんたいん菓子"をくれてからというもの……」
物憂げな表情でうたうように告げた楸瑛は、とどめとばかりに絳攸を流し見た。
「ねぇ絳攸? ばれんたいんの返事をしてもいいかな?」
それは彼を慕う後宮女官や妓女などが見たら悶絶ものの流し目だったに違いないのだが、あいにくと絳攸にはまったく通じなかった。呆れかえった声を友人に返す。
「はぁ? 何言ってる楸瑛、あれは単なる"義理菓子"だぞ」
「きみにとっては"義理"だったとしても、私にとっては"愛の証"だったとしたら?」
「バカも休み休み言え。何を勘違いしてるのかは知らんが、あれは"義理"以上のなにものでもないぞ!?」
「おや絳攸、きみは本当に分かっていないね。恋とは得てして誤解と思いこみから生まれるものなのだよ」
楸瑛は誰しもが魅力的と認める笑顔で絳攸を見つめた。
「どうだい、今夜、私の邸で返事をさせてもらえないかな。一晩かけて、じっくりと、私の答えを聞いてくれないか」
「っ、そんなヒマがあるかっ!! だからお前は常春だっていうんだ! お前にはこの書翰の山が見えないのかっ!?」
頬を染めた絳攸がそう叫んだのを見て、楸瑛はにっこりと笑った。懐にしまっておいたあるものを素早く投げる。と、それは過たずに絳攸の口へと納まった。
大きく開いた口に何かを投げ入れられて、当の絳攸は動転した。
「なっ、何をする楸瑛!!」
「ふふ。頭脳労働をしているとね、脳が糖分を欲するのだそうだよ。甘いものは疲れを取ると言うし」
そう言われて、絳攸は改めて口内にあるものにゆっくりと舌を触れさせた。
「――……飴、か!?」
楸瑛はふふと笑った。
「その通り。――きみが"義理"だと言い張るのなら、私も"義理"にふさわしいお返しをしてみようかと思ってね……」
ちょこのお返しは飴というのが定番だろう、と言った楸瑛は、懐からかわいらしい巾着を取り出すと机案に置いた。
「仕事の合間に食べるといい。そして、この飴を舐めている間は、私のことを考えてくれると嬉しいね」
「何言って……!」
「ふふふ。こんな些細なことで怒るとは、糖分が足りていない証拠だよ、絳攸。……ああ、それともきみは、私が"義理"と言ったことに対して怒っているのかな? たとえきみが私に対して"義理"を贈ったのだとしても、私からは"本気の愛"を返して欲しかった、とか?」
「…………っ!!!」
罪作りだね絳攸、と笑った楸瑛の顔の真横を、ものすごい勢いで書翰が飛んでいった。
「用がそれだけならとっとと帰れ楸瑛!! 俺はお前のくだらない冗談に付き合ってられるほどヒマじゃないと何度言ったら分かる!!!」
「おやおや、どうやら姫は本当にご立腹のようだ。仕方がない、今日のところはおとなしく帰ることにするよ。ではね絳攸」
本気にしてもよかったんだけどねぇ、と心の中で呟きながら、楸瑛は吏部侍郎室を後にした。

END.
【珀明+絳攸】 【黎深+絳攸】
ばれんたいんでは必死な不憫将軍だったので、今回はちょこっと色男っぷりを上げてみました。どうかな(笑)

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