*ばれんたいん小話08*
(黎深・絳攸)
とんとん、と室の扉を叩いた絳攸は、返事のない扉の前でしばし立ちつくした。
(あれ、いらっしゃるはずなんだけどな……?)
そう思いつつ、絳攸は再び扉を叩いた。今度は声を掛けながら。
「尚書? 李絳攸ですが」
「…………」
ややあってから是という返事を聞いて、絳攸は室に入った。その室はあいかわらず山積み書翰で埋まっていたが、絳攸は慣れたもので、その書翰の山々を器用に避けながら難なく室の奥までたどり着いた。
室の奥で椅子にふんぞりかえり、ひらりひらりと優雅に扇をはためかせている人物――紅黎深に声を掛ける。
「黎深様」
「どうした」
仕事ならきみがやりなさいと言ってあるはずだが、とのたまった上司に、絳攸は首を横に振る。
「し、仕事ではありません!!」
「では何だ。家のことも私は知らんぞ。面倒なことなら百合に回しなさい」
「そうではなくてですね、あの、ええと……」
ほんの少し俯いた絳攸は、意を決して持っていた箱を養い親の前に差し出した。
「……?」
不思議そうな顔で箱を眺めた黎深に、絳攸は告げる。
「ちょ、ちょこれぇと、です!」
「………………………………。まさかと思うが絳攸、これはきみが作ったのではあるまいね?」
昨年の忌まわしい出来事を思い出して、黎深は眉を顰めた。昨年は『かかお』の入っていない『絳攸特製手作りちょこ』とやらを食べさせられ、以降数日間地獄の苦しみを味わったのだ。いくら可愛い養い子の気持ちが詰まっていようと、もうあんな苦しみは二度とごめんである、と黎深は思っていた。
「いえ、今年はちゃんと取り寄せました。1年がかりで」
ですから安心してお召し上がりください、と言った絳攸は、期待を込めて養い親を見た。だが黎深は扇で口元を覆ったまま、その箱を眺めていた。
「………………黎深様? ダメ、ですか……?」
「――。ダメということもない、が……」
「……が、何ですか、黎深様?」
おそるおそる聞き返した絳攸に、黎深は思いがけない提案をした。
「きみもここでソレを食べていくなら、受け取ろう」
「え…、えええ!?」
「何だ、人に食えと言っておいて自分は食べれないのか、絳攸?」
「い、いいえ、そうではありませんが……」
「なら食べていきなさい」
「は、はぁ……」
俺まだ仕事あるんですけど、と呟きながら茶を淹れ始めた養い子を眺めつつ、黎深は『ちょこ』を口に含んだ。
途端、身体中に広がった甘い感覚に、思わず顔を綻ばせる。
だがそれはうまく扇に隠されて、誰も見ることはかなわなかった。
END.
【珀明+絳攸】 【楸瑛+絳攸】
あまあまばれんたいんでしたー(笑)

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