*ばれんたいん小話08*
(楸瑛・絳攸)
一方、残された楸瑛はひきつった笑顔で友人に問いかけた。
「こ、絳攸? あの、さ……」
「なんだ? 俺は忙しいんだ。これ以上用がないならさっさと帰ってくれないか、楸瑛。今日の俺は忙しいんだ」
身も蓋もない態度の絳攸に、楸瑛は冷や汗をかいた。
先ほどちらりと見た、絳攸が部下に渡していた小袋には、『はっぴぃばれんたいん』という札がついているのが見えた。とすると、あの小袋はきっと『ばれんたいんちょこ』に違いない。『ばれんたいん』とはどこか異国の風習で、その日には『ちょこれぇと』を意中の相手に渡すのだという。
絳攸がさっき『ちょこれぇと』を渡していたのは、入朝前から絳攸を慕ってやまないという噂(楸瑛は、彼がいかに絳攸に心酔しているかというのを弟・龍蓮や秀麗たちから聞かされていた)の碧珀明だろう。そんな少年に愛の印である『ちょこ』を渡すなんて、「好きにしてくれ」とでも言っているようなものだ。迂闊すぎる。というか危険きわまりない。
しかも、楸瑛がちらりと見た限りでは、戸棚の中にまだたくさん入っているようにも見えた。ひょっとして絳攸は他の男どもにも『ちょこ』を配りまくるつもりなのだろうか。
楸瑛は友人の思惑を図りかねて、押し黙った。
だがただ黙っただけで、一向に室を出て行く気配のない友人に絳攸は首を傾げる。
「楸瑛? 用がないなら早く帰れと言っただろう。それともまだ何かあるのか?」
用があるなら早くしろと言った絳攸に、しばし逍遙した楸瑛は意を決して口を開いた。
「あ、あの、絳攸!? 一体何があったのかは知らないけれど、自暴自棄になってはいけないよ? 誰でもいいとか思っちゃダメだ。っていうか誰でもいいなら私にしてくれないか!?」
真剣な表情でそう言いつのった友人に、今度は絳攸が首を傾げる番だった。
「…………は? 何の話だ?」
「いや、だから、その、きみがばれんたいんのちょこをだね……」
色々な男どもに配り歩こうとしているようだから心配で、と楸瑛が思っていたことを告げると、絳攸からは心底あきれたような声が返ってきた。
「はぁ? 馬鹿じゃないのか、楸瑛」
「ば、馬鹿って……、絳攸きみね、自分が普段からどんな目で他人から見られていると思って――!」
「何を言ってる。知らないのか楸瑛、『ばれんたいん』に『ちょこ』を贈るのは恋人にだけじゃないんだぞ。日頃世話になっている者などに感謝の証として贈ることもあるのだそうだ。大抵はそれを――、ええと、何と言うのだったかな……。そう、『ぎりちょこ』と言うんだ」
ここに入っているのはもちろん『ぎり』だ、しかも『ちょこ』はなかなか手に入らないからただの菓子だ、と事も無げに言いはなった絳攸は、再び戸棚を開けるとその『ぎり菓子』の一つを手に取った。
「――で? いるのか、いらないのか、楸瑛?」
「い、いります!!!」
必死に叫んだ楸瑛に、絳攸は苦笑しつつも手の中の小袋を投げてやった。
END.
【珀明+絳攸】 【黎深+絳攸】
必死な藍将軍と、そんな必死さの理由をまったく分かっていない絳攸、といったところでしょうか。ウチの双花は不憫将軍の片思い気味な空回り愛がデフォルトです(苦笑)

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