*ばれんたいん小話*
(楸瑛・絳攸)


トン、トン、と扉が叩かれたのに気づき、絳攸は書翰から顔を上げた。
「何だ?」
「失礼するよ、絳攸」
そう言って室に入ってきたのは、同期及第・腐れ縁同僚(※絳攸談)の藍楸瑛だった。すらりとした長身を高級な衣で包んだその姿は、およそ武官とは思えぬほど優美だ。だがどんなに外見がそうは見えなくとも、さすがは羽林軍将軍というべきか。楸瑛はさやさやと衣を鳴らしながら器用に書翰の山を避け、絳攸の机案へと近づいた。
「何度叩いても返事がなかったから、ひょっとしていないのかと思っていたよ」
「そうか。それは済まなかったな」
思いのほか仕事に集中していたらしい。たった今書き上げたばかりの書翰の墨が付かないのを確認して、絳攸はそれを閉じた。
「ちょうどいい。そろそろ休憩にしようかと思っていた」
茶を淹れろ、とのたまった友人に苦笑しつつ、楸瑛は大人しく茶器に手を伸ばす。茶葉を選びながら、楸瑛は背後の友人へと声を掛ける。彼の友人は指についた墨を手巾で拭いているところだった。
「そういえば絳攸。今日はずっと吏部に詰めっぱなしなんだね?」
「ああ。ご覧の有様だからな」
絳攸が「ご覧の有様」と表現した吏部侍郎室には、いつにも増して大量の書翰が積み上げられていた。書翰は、机案の上だけではなく床にまで溢れてかえっている。
それに苦笑して、楸瑛は湯を茶器へと注いだ。
「紅尚書からの愛の贈り物かい?」
「ばれんたいん」という異国の文化は、実はこの国ではそれほど有名なものではなかったが、そこは藍家直系。楸瑛も、今日が何の日で贈り物がどんな意味を持つかを、当然知っていた。
「な……、何が愛だっ、常春頭!!! ……確かにこれは黎深様から回されてきた仕事だが」
赤い顔をしてそっぽを向いた絳攸は、いつものことだ、と呟く。
それに若干「いつも」とは違う雰囲気を感じ取って、楸瑛はおやと眉を上げた。それを追及したくてウズウズしながら、楸瑛は淹れたばかりの茶を絳攸の前へと置く。
「はいどうぞ。そういえば絳攸、後宮の女官たちが嘆いていたよ。『今日に限って絳攸様が散策にいらっしゃらない』とかなんとか。――この書翰の山のせいで吏部から出れないんだろう?」
「む。……まぁ……そうだが。何が言いたいんだ、楸瑛」
「わざわざ大量の仕事で吏部から出れないようにしてあげて、女官や官吏たちからの贈り物攻撃を受けずとも済むようにしてくれるなんて、『愛』以外の何者でもないと思うけどね、絳攸?」
「っ、どうしてお前はいつもそうオメデタイんだっ!! 黎深様に限ってそんなことあるわ…け…………っ、と、とにかく、これはいつものことだっ!!!」
耳まで赤くしてムキになってそう返してきた絳攸に、楸瑛は笑った。事実はきっと自分の予想通りだろう。友人は本当に養い親から大事にされている。――それを、多少羨ましいと思わなくもないけれど。
「ふぅん? ま、そういうことにしておいてもいいけどね。それで絳攸、君も知っているんだろう、今日が『ばれんたいん』だって」
「……ああ、まぁな」
「紅尚書にはあげて、私にはくれないのかい?」
「ああ、それはダメだ。『ちょこ』を他人に配ることは黎深様から禁止されているからな」
楸瑛はカマを掛けてみたのだが、真面目で正直な友人は見事なほどそれに引っかかってくれた。
やはり友人は養い親にはしっかりと「ちょこれぇと」を贈ったのだ。そして自分には、ナイ。というか、ハタチもとうに過ぎた息子に「ちょこ配布禁止」など、普通はするものではない。大人しく従う絳攸も絳攸だが。
(……あきれた過保護だな……)
楸瑛は言い様のない虚しさを抱えつつ、自ら淹れた茶を飲み干した。
空になった湯飲みを片付けつつ、楸瑛は袖口から箱を取り出す。
「なら絳攸、今年は私からこれを。『あげる』のは禁止されていても、まさか『もらう』のまでは禁止されていないだろう?」
「え、あ、ああ……」
その箱を机案に置いた楸瑛は、驚いている風な絳攸の耳元で、来年は期待しているから、と囁いて吏部侍郎室を後にした。

END.
【黎深+絳攸】 【珀明+絳攸】
藍将軍はさぞかしいっぱいプレゼントもらうでしょうね〜。お返し大変そう(藍家の財力ならどうってことないかもしれませんが、あまりにいっぱいすぎて誰からもらったのか覚えられなそうで/笑)

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