*ばれんたいん小話*
(珀明・絳攸)


「よしっ!!!!!」
碧珀明は、いつになく気合を入れて席を立った。時は、世間的に昼休みと言われる時刻(もちろん吏部にはそんなもの存在しない)。
緑色の包装に青い組紐をあしらった包みを大事に抱え、珀明は侍郎室へと向かう。
ちなみに、一見すると緑色に見える包装紙には、一流絵師に頼んで繊細美麗な模様を描いてもらった。組紐は、姉に「ヘタクソ!アンタやっぱり才能ないわね!」とケチョンケチョンにけなされつつも珀明自身が徹夜して編んだ。そしてその中には、貴陽一と謳われる有名店の菓子が詰め合わされている。
それは、珀明渾身の「贈り物」だった。
侍郎室の前に立った珀明は、心を落ち着かせようと深呼吸してから扉を叩く。
トトトン、と叩いてから返事があるまでの短い間が、珀明にはいつになく長く感じられた。いつものぶっきらぼうな返事が聞こえて、珀明はごくりと唾を飲み込んだ。
「何だ」
「……っ、李侍郎! 碧珀明です!!」
「ああ、入れ」
「し、失礼します……!!」
珀明はドキドキしながら侍郎室へ足を踏み入れる。
そこには、いつにも増して大量の書翰が積み上げられていた。机案の上だけではなく床にまで溢れている書翰の山を崩さないよう注意しながら、ギク、シャク、と音が出そうなぎこちない動きで、珀明は絳攸の前へと進んだ。
絳攸はそんな珀明には目もくれず、ひたすら書翰に筆を走らせている。
「今日中に仕上げねばならんものなら机案の端にでも置いておけ。三日以内なら床の上へ投げろ。そうでないなら持って帰れ」
身もフタもない絳攸の言葉に、珀明は動きを止めた。
だが、今日は、今日だけは、こんなことで玉砕するわけにはいかなかった。
ありったけの勇気を振り絞り、珀明は絳攸に告げる。
「あの、絳攸様。――わ、私は書翰を持ってきたのではありません」
「なに? ああ、茶か。そこの山の上にでも置いてくれ。ありがとう」
そう言う間も絳攸は顔を上げなかった。
「い、いえ、あの、お茶でもなく……」
口篭もった部下をいぶかしんだ絳攸は、そこでやっと顔を上げた。珀明の抱えた包みを見て、ああ、と頷く。
「なんだ、『ちょこれぇと』か?」
「ど、どどどどうしてそれをっ!!!」
「……冗談のつもりで言ったんだが……、ひょっとして当たりか? いや、今日は『ばれんたいん』だからな」
あっさりと看破され、珀明は慌てた。
「ばれんたいん」という異国の文化は、実はこの国ではそれほど知られていない。「実は今日はこれこれこういう日で〜」と説明しがてら絳攸への想いを密かに伝えよう、などと計算していた珀明の考えは、あっけなくご破算になったのだ。
「どうした碧珀明? 違うのか?」
そう絳攸に問われて、珀明は急いで首を横に振った。
「いっ、いえっ、違いません!!!! 『ばれんたいん』の贈り物ですっ。受け取ってください!! ――ですが、残念ながら『ちょこれぇと』は手に入らなかったので……」
普通の菓子なんですが、と申し訳なさそうに呟いた部下を前にして、絳攸は少し微笑むとその頭を軽く撫でてやった。
絳攸は今まで年長者の中で過ごすことが多かったためか、自分より年下、かつ自分を慕ってくれているらしい珀明のような存在は新鮮で、弟のようだと思っていた。そんな弟分から贈り物をされて、嬉しくないはずがない。
(黎深様には「他の者に渡すな」と言われたが、「受け取るな」とは言われなかったよな)
そう思って絳攸は珀明から緑色の包みを受け取った。
「いや、そんなことは構わない。ありがとう、もらっておく」
「あ、あああああありがとうございますっ!!!」
微笑んだ絳攸に、珀明は頭が床につくかと思われるほどの礼を返した。
そんな珀明を見て、絳攸はさらに笑みを深くした。次いで、椅子横に置いてあった書翰をおもむろに指差す。
「ああ珀明、悪いがこの書翰を工部、これを兵部、こっちを中書省まで届けてくれるか。それからこの資料を府庫に返却しておいてくれ」
「はいっ! なんっでもおまかせくださいっ!!!」
指示通り各部署にすっ飛んでいった珀明を見送って、絳攸は再び書翰に視線を落とす。上機嫌でスルスルと筆を進めながら、仕事が一段落したらこのお菓子でお茶にしよう、と思った。

END.
【黎深+絳攸】 【楸瑛+絳攸】
なんだか少々勘違い気味(笑)ですが、珀くんにとっても絳攸にとってもしあわせな「ばれんたいん」なのではないかと。吏部若手二人のセットは、なんだか微笑ましくて好きです〜。

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