*ばれんたいん小話*
(黎深・絳攸)


「黎深様。あの、これ、受け取ってください!」
そう言って絳攸が差し出したのは、手の平に乗るほどの小さな箱だった。
その箱と養い子を見比べて、黎深は呟いた。
「何だ、これは」
春節にはまだ少々早いし、誰かの誕生日というわけでもない。取り立てて礼をされるようなこともしていないし(日頃の行いを鑑みると、むしろしなければいけないのは黎深の方だ)、贈り物などもらういわれはない。
黎深はそう思って絳攸に問うた。
問われた絳攸は、なぜか真っ赤になってオロオロとうろたえる。
「あ、と、あの……」
「何だ。はっきりと言いたまえ」
黎深は曖昧なことが好きではない。
険しくなった黎深の表情に、絳攸は少々ためらったが、意を決して口を開いた。
「――ば……ばれんたいんです!!!」
「……ばれいんたいん?」
「は、はい……。あの、巷では『ばれんたいん』の日に、大切な人に贈り物をすると聞いて、その……」
れ、れいしんさまに……、と言って俯いてしまった絳攸を見て、黎深は珍しくもきょとんとした。
だがそれはほんの一瞬のことで、黎深はすぐにいつもの表情に戻った。扇で口元を覆いつつ、器用にも残った片手で差し出された箱を早速開封する。
「……そうか。――おや、これは珍しいな」
箱に収められていたのは、黒に近い茶色の固体だった。ほんのりと甘い香りを漂わせるソレは、何やら複雑な模様がついている(※絳攸の指紋です)。
「ええ。『ちょこれぇと』と言うんだそうです。『ばれんたいん』には『ちょこれぇと』を贈るのが習わしだそうですよ」
「ふぅん」
黎深は気のない返事をしてみせたが、それについては以前書物で読んだことがあった。絳攸が知っていることを黎深が知らないはずがない。というより、絳攸の情報源はおそらく紅家の蔵書である。黎深の記憶によると、その書物には、どこかの異国で「ばれんたいん」という風習があり、その日には「ちょこれぇと」を大切な人――特に恋人など――に贈るのだと書いてあったはずだ。
養い子の真意は奈辺にあるのか、と思いつつ、黎深はソレを口に運んだ。
途端、黎深の動きが止まる。
「う……っ」
「黎深様? あの、どうですか?」
期待に満ちた目でワクワクと見つめてくる養い子に、さすがの黎深も本当のことは言えなかった。言葉を発するかわりに、口の中のソレを飲み込むことだけに専念し、表情と理性を保とうと必死に全神経を総動員させる。
やっとのことでソレを胃まで流し込んだ黎深は、絳攸に問う。
「絳攸、これを、誰か他の奴にも贈ったのか?」
「いいえ、まだ黎深様だけですよ。……あ、え、いえっ、あの……っ、別に決してそういうわけでは!!!!!」
赤い顔でもげるかというほどブンブンと首を振り、不必要に動揺しまくる養い子を前に、黎深はホッと息をついた。
もちろん、「絳攸が『ちょこ』を贈ったのが自分だけ」ということに関しての安心ではない。「被害は最小限」という安心だ。おそらく、この「ちょこ」の破壊力に耐えられるのは日頃から煎餅饅頭で鍛えられている自分だけだろう、と黎深は思った。
「そうか。なら、いい。――ああ絳攸、決して、私以外に『ちょこ』を配るのではないぞ。もちろん百合や藍家の小僧、ハナタレ王にもだ」
美食に慣れた者たちにはこの「絳攸特製ちょこ」はツラすぎるだろう。黎深は殊勝にも(というかアノ黎深にそんなことを思わせるくらい本当にスゴイ破壊力だった)、彼らの健康のため、そして絳攸の名誉のために、そう判断してそう言ったのだが、絳攸の反応は少々違った。
「え……っ。あの、それはどういう……」
「どうもこうもない。私以外に渡すな、と言ったのだ。今日はたくさん仕事をくれてやるから、吏部から出るな。――ああ、侍郎室に帰る前に茶を淹れていけ」
少し不機嫌そうに繰り返した黎深を見て、絳攸は更に赤い顔でゆっくりと頷くと茶器を手に取った。
その日、吏部侍郎(お仕事満載☆)が吏部から出ることはなかったという。

END.
【珀明+絳攸】 【楸瑛+絳攸】
大切な人=恋人、とも限らないですし、贈り物はチョコだけじゃないと思うんですが、まあ……、ねぇ?(笑)。ていうか、絳攸の「ちょこ」には一体何が入ってるんでしょう。カカオは入ってない気がします、、、(苦笑)

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