*おもてなし*


【3】

「……馬鹿か、貴様は」
 絳攸の小さな背中が邸内に入っていったのを見送って、鳳珠が口を開いた。仮面を外して方卓に置き、深々とため息をついた鳳珠に黎深が射るような鋭い視線を投げる。
「何だと? 私のどこが馬鹿だ」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い、この大馬鹿者!」
「……まあまあ、二人とも落ち着いて」
 机を挟んで睨み合う友人たちに、悠舜がゆったりと話しかけた。気を削がれたように二人は顔を見合わせた後、ぷいとそれぞれにそっぽを向いた。
「黎深。私たちは、そろそろお暇しますよ」
「何を言ってる。まだいいだろうが。酒を持ってこさせる」
「いいえ、あなたは絳攸君のところに行かなければいけません」
 悠舜の言葉に、黎深は意味が分からないと顔をしかめる。悠舜は淡々と、しかし厳しい声で言を継いだ。
「確かにあなたは間違っていません。絳攸君が起きているには、もうかなり遅い時間ですからね」
 夜は更けきり、すでに三更を過ぎている。絳攸は初めての客人の応対に興奮していたから眠くはならなかったのだろうが、普段ならばとっくに牀榻に入っている時刻だ。だからこそ黎深は、絳攸を下がらせた。――しかし。
「他にもっと、言い方があっただろうが。あれでは、追い出したも同然だ」
 黎深はまったく意想外のことを言われたという顔で、まじまじと二人を見返した。かすかに狼狽えたように三度瞬きをして、視線を逸らした。
「黎深。絳攸君は、いい子ですね」
 何気ない口調の悠舜の言葉に、黎深の頬がぴくりと動いた。
「作法も書も諳誦も琵琶も、たった一年であれほどのものになるとは驚きましたよ」
「もともと頭の良い子供なのだろうが、努力があってこそだろう」
「ええ。素直で一生懸命で、とてもがんばり屋で。いい子に恵まれましたね、黎深」
「……まあ、茶は薄かったがな」
 視線をあらぬ方向に向けたまま、しかし激しく扇をひらめかせている黎深に悠舜は軽く笑った。
 この数刻の間、黎深は絳攸の言動に興味なさげな素振りを貫いていた。何も言わず、絳攸を見もしなかった。けれど、二人は気付いていた。
 ――黎深が自慢の愛息を披露するために、二人を邸に呼んだことを。
「だから、早く行ってあげてください」


【←2】 【4→】
【GIFTもくじ】
【TOP】
(C) asakawa itsuki
all right reserved.