*おもてなし*
【4】
四半刻後、悠舜と鳳珠を送り出した黎深は絳攸の臥室の扉の前に立っていた。
悠舜に言われたから仕方なく来たのだと、ぶつぶつと口の中で呟く。別に心配などしていない。ただ――そう、自室に戻る途中で偶然通りかかっただけだ、と。
「絳攸、入るぞ」
さんざん自分自身に言い訳を重ねた後、黎深は扉を開ける。
「……っ」
真っ暗な室の奥――牀榻の方から息を呑む気配がして、絳攸が起きていることがわかった。
「……何をしている」
「す、すみません。今、灯りをつけます」
上擦った声と共に、ごそごそと起き出す気配がした。闇の中、かすかに鼻をすすり上げる音が聞こえて、黎深は眉根を寄せた。
卓上の燭台が灯る。ぼんやりと明るくなった房室の奥から駆けてきながら、絳攸が何気ない仕草で目元をこすったのを目にし、黎深はぎくりとした。
泣いていたのだと、分かった。
「あの、今日は、申し訳ありませんでした」
「……何がだ」
黎深の前に来るなり深々と頭を下げた絳攸に、知らず声が低くなる。
「れ、黎深様に、いっぱい恥をかかせてしまって……すみませんでした」
黎深は瞠目し、困惑した。絳攸が謝るようなことは何ひとつなかった。むしろ本来ならば良くやったと褒めてやるべきところなのだ。
かといって、黎深はそれを素直に口にできるような男ではなかった。内心盛大に狼狽えながら、黎深は立ちつくしたままの絳攸の頭をぽんと軽く扇で打った。
「次は、もっと頑張りなさい」
叩かれた頭を両手で押さえて、絳攸が黎深を上目遣いに見る。
「次……?」
赤くなった目を見張った絳攸に、黎深は「何だ」と無表情に問う。
「いえ……何でもない、です」
えへへと嬉しそうに笑った絳攸に、黎深はようやく胸の重荷が解け消えた気がした。そしてそんな安らいだ心地になっている自身に当惑し、早口に続けた。
「殊に、あの琵琶はなってない」
「はい」
厳然とした口調を作って言った黎深に、絳攸が姿勢を正す。
「いいか、二章目の――」
言いさして、黎深は口を閉ざした。
絳攸が向けてくる、真っ直ぐな眼差し――黎深の言葉のすべてを吸収しようとするような澄んだ双眸に、黎深はぱらりと扇を広げる。
「……口で言っても分からないだろう。琵琶を持って、私の房室に来なさい」
「え?」
突然の言葉に、絳攸はせわしなく瞳をしばたたかせた。
「教えてやると言っているんだ。早くしなさい」
「え……っ!」
絳攸は驚きのあまり大きく目を見開いた。黎深はいつもあれこれ文句をつけるばかりで、琵琶を教えてくれたことなど一度もない。絳攸は大喜びで琵琶を抱えて来ると、黎深を見上げてぱあっと破顔した。
そのあまりに無邪気な笑顔に、黎深は広げた扇の下で絳攸には分からないように小さく口の端を上げる。そして、きびすを返して歩き出した。
ぽてぽてと、自分の後ろをついてくる足音を聞きながら。」
【←3】
「すももみかん」やこ様より、やこさんサイトの5万HIT企画でリクエストさせていただいた小説です。親子と国試組v 不器用な黎深様と一生懸命な絳攸、優しい悠舜さんに、そこにいるだけで美貌オーラを放つ鳳珠様……。うっとりものです。
やこ様、素晴らしいお話&掲載許可、本当にどうもありがとうございました! 「すももみかん」さんへはリンクページからどうぞ!
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