*ひとつ欠けた月*
【2】
数日後、迎えた満月の日に夕刻に吏部侍郎室へ向かうと、入れ違いで絳攸は帰ってしまったところだった。
珍しいと思いつつも、先日、満月の日を気にしていたことを思い出す。
仕方ありませんねと外に出て、ふと尚書室にまだ灯りがついていることに気付いた。これまた大変に珍しいことである。
楊修は持ってきた報告書を手に、尚書室の扉を叩いた。
「おまえか。何の用だ」
部屋の主は椅子に座り踏ん反り返って、不機嫌そのものだった。
「報告書を提出しに来たんですよ。ただ、侍郎は珍しくも先にお帰りのようでしたので」
「……あれならさっき、藍家の小僧と二人で帰って行った」
黎深は扇で顔を隠しながら言った。長い付き合いから、扇の下で口が盛大にへの字に曲がっているだろうことは想像がつく。
「そんなことで拗ねてるんですか」
楊修は呆れて大きく息を吐いた。まったく子供である。
「そんなこととは何だ」
「そんなことですよ。たかが一日、藍将軍と一緒に帰ったからって」
「――先月は、あれは仕事をしたまま眠ってしまったと言って帰って来なかった」
いきなりの話題転換に、楊修は一瞬何のことか量りかねた。先月?
確かに先月の今頃は、絳攸は黎深から押し付けられた仕事にかかりきりで、宮中で徹夜して過ごした夜も少なくなかったようである。
でも、それで絳攸が帰って来なかったことを、黎深が責める筋合いはない。
「あなたが仕事を丸投げしたんだから、当然といえば当然ですね」
けれど黎深は楊修の言葉など聞きもせずに、扇を握る手に力を込めた。
「今月は藍家の小僧と約束したからなどと言って、わざわざ藍家の邸へ出向いて行った」
そこで符号が繋がる。
「あなた、絳攸と月見がしたかったんですか?」
「ふん」
黎深は扇を握り締めたままそっぽを向いた。肯定こそしなかったが、完全に図星のようである。
まったく、と楊修はこめかみに手をやった。
「そうならそうと、口に出して言えばいいじゃないですか」
そうしたらきっと間違いなく絳攸は、黎深との約束を最優先させるだろうに。
まったく面倒くさい親子だと常々思う。頼むから巻き込むのだけはやめて欲しいものである。
「別に、月見などどうでもいい。あれはあれのしたいようにすればいい」
黎深はそう言うと、扇をぱちりと閉じて立ち上がった。
「帰る」
ああ、そうですか。こっちの報告書はやっぱり無視ですか、と楊修が大仰にため息を吐いていると、黎深が去り際に楊修に向かって包みを一つ放り投げてきた。思わず受け止める。
「何ですか、これ」
黎深は答えずに立ち去って行った。
一人残された部屋で楊修は包みを広げる。中から出てきたのは――
「月餅?」
一般に月見をしながら食べる、あれ、である。
(やっぱり、月見する気満々だったんじゃないですか)
楊修は相変わらずの黎深の空回りっぷりに、がくりと肩を落とした。だいたいこんなものを渡されて、どうしろというのか――
そのまま楊修は一人尚書室に取り残された。じっと月餅を見る。
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