BATTLE FIELD OF RAVEN
第1話 日常―整備の日―
日常とは何か、それは奇跡の積み重ねである
今日は2ヶ月ぶりの総点検の日だ。
AC-ARMORED CORE-という兵器はその特性上、他の兵器に比べれば圧倒的に少ないとはいえ、
メンテナンスは最低でも―致命的損傷を受けなくとも―1ヶ月〜2ヶ月に一度は行わなければならない。
それ以外は帰還後に個人個人が点検するだけであるがそれも気が抜けるわけではない。
それは生き残るために必ず必要なことである。
以前から、その整備が杜撰であったが為に多数のランカーが命を落としているというのは有名な話である。
「こんにちは」
連絡を入れて暫くすると、なじみのメカニック達がガレージに入ってくる。
「ああ、どうも、それじゃあいつも通りお願いします」
ジオが挨拶する。
この挨拶も何回目になるだろうか。
「ノアさん、右脚部の安定装置の反応が悪くなってますが、それほど高い物ではないですし交換した方が良いと思いますが」
「分かった、部品の交換頼む」
破損個所を声に出し、本人に確認する。
これはただ儀礼的なものではない、それを知らなかったが故に必要以上に動いてしまうこともあるからだ。
そう言った意味ではACを最も良く知るべきなのはメカニックではなくそれに乗るパイロットなのである。
「弾薬ですが、予備の類はいりますか〜?」
メカニックが店から弾薬を持ってきた。
カタログが手渡され、流し読む。
「グレネードのセットだけど2セットお願い」
カリナは点検と一緒に弾薬を購入している。
「じゃあ俺もミサイルの予備を20発」
ジオが言った。
「あ、ジオさんの機体ですがね、動力部が全体的にかなり痛んでますよ、具体的にどこが悪いというワケではないですが、
そもそも型も6年前のリビルト(中古)ですし、この際交換されたらどうでしょう?」
後ろからメカニックが声をかける。
「オーバーホール(分解整備)は無理なのか?」
「無理ではありませんが、むしろ部品などが手に入りにくいのでかえって高くつきますよ」
「いくらくらいになるかわかるか?」
「ん〜、交換すると350前後ですが、直すならば500以上はかかりますね」
「……わかった、交換してくれ」
「はい、分かりました」
実は少しだけ気に入っていたのだが、それはこの際目を瞑った。
後でジャンク品として貰おう、そんなことを考えながら、昨日の昔話を思い出して微かに微笑んだ。
「ルシードさん、ステルス性能が若干低下してますが……」
「わかった、念のため外して分解整備してくれ」
「了解しました」
あまり興味なさげにその様子を上部ハンガーから眺めているルシード。
手すりに寄りかかり、薄いコーヒーを啜りながら、遠い眼でACを見つめる。
「どこかの貴族かお前は」
後ろから後頭部にチョップが入る。
ゆっくり振り返るとジオが立っていた。
「何だ?」
「いや、偉そうにしすぎだと思ってな」
「そんなことはないと思うが……」
「お前を見てると昔見た貴族映画の侯爵様そのままだ」
「……どんなふうに?」
「コーヒーを一口すすって、だな……」
口で説明するのは無理と判断したのか実際にその仕草をやって見せた。
『んー、マンダム』
実に微妙で独特な顔と口調で言った。
「さすがにそれはないぞ」
と言った後少しだけ考え込み。
「まあ、一応改めよう」
そう言って手摺りを背もたれ代わりにして一気に飲み込んだ。
「うん、それなら普通っぽいな」
「そういえば何か用か?」
「ああ、そうだった、忘れてた」
軽く手をポンと鳴らす。
「下に弾薬屋が来てたぞ、お前、確かバックパックにACのハンドガン積んでたから必要かな、と思って」
「そう言うことは早く言え」
さっと身を翻し、近くのロープを握って飛び降りる。
勿論、ちゃんとロープが固定されていることを確かめてからだ。
「急ぎすぎだっての……」
ジオは半ば呆れたように言った。
「ふう……」
カリナはガレージのソファーに身を委ねてまったりしている。
彼女のACは思ったよりも損耗している部分が多く、その整備に時間がかかるのが分かったためだ。
「どうした〜?」
「あ、兄さん」
カリナは起きあがって言った。
「ぐったりしてるけど疲れたのか?」
「ん? そんなこと無いよ、ただちょっと眠かっただけ」
「そうか、それならいいんだ」
そう言って隣に座るノア。
「ところで、何かお前のACがすげえ勢いで分解されてたけどどうしたんだ?」
「あ……うん、何か動力部とそれを繋いでるメインのパイプが壊れちゃって……」
「はぁ?マジかそれ?」
「うん、そうみたい、さっき見てみたけどメインパイプはズタズタになってたわ」
「なんでまた? 整備の日とかそう言う物は同じだろ?」
「多分砲架とかそう言う物だと思う、みんなの中で装備は一番重いし、その関係で被弾も結構してるし、ね」
「ふぅん……まあ、そりゃあちょうど良かったな、定期整備の日と重なってて」
「うん……そうだね」
「さて……」
近くの給湯室に歩いていくノア。
「俺はレモンティーにするけど何がいい?」
「あ、じゃあミルクティーお願い」
ちなみに彼は紅茶を煎れる名人であったりする。
「うぅ〜ん……」
ミリアムは真剣に悩んでいた。
「どうした?」
ルシードがそこに走ってきた。
「あ……うん、ちょっとこれ、どっち買おうかと思って」
ミリアムが指さす。
「ACの……新しいエンブレムか?」
「うん、そうなのよ、この前右肩から先が丸ごともぎ取られちゃったでしょ、どっちも格好いいんだけど……」
ちなみに一方は天使が翼を広げて空へと舞い上がると言うエンブレム。
もう一方は堕天使が地上へ降り立つと言うエンブレムだ。
「うん、そうだな、じゃあこっちがいいと思う」
「どうして?」
「お前のACはどう見ても天使に近いからさ」
一瞬、お前は俺の天使だ、と言ってしまうそうだったのをとっさに修正した。
冗談であるにせよ、惚れてもいない女性にそう言う事を言うのはどうかと思ったからだ。
以前ならばそう言う冗談も考えた事もなかった、と自嘲する。
「うん、そうだね」
ミリィは、彼女はそう言う事はやたらと鋭い、やはり分かってしまったらしい、ルシードはそう思い、少しだけ赤面した。
「で、あんたはどうするね?」
店員に言われて思い出す。
「そうだった、ハンドガンの弾薬をバックパックに積めるだけ積んでくれ」
そう言ってアセンブルのセットを手渡す。
「そうだな……1800ってところか」
「……高いな、1500にしてくれよ」
「厳しいね、1600でどうだい?」
「うーむ……わかった、それでいい。ただし別セットで何か買ってくれよ」
「おっ、ミリィちゃんじゃないか、どうだい?1つ買っていかないか?」
たまたま通りがかった屋台の親父がガレージの側にいた彼女に声をかけた。
彼は知らない、機体に乗るべき人物を。
「あ、おじさん、今日は何があるの?」
「今日は食い物だ」
この人の屋台は会うたびに売り物が違うので面白い、と以前カリナと話していたことを思い出した。
「パンね」
「おう、パンがメインだがこっちには握り飯もあるぞ」
そういって屋台の棚を開ける、そこにはちゃんと入ってる。
「わぁ……じゃあみんなには1個ずつパンを配ってあげて、私は焼きおにぎりを1つ」
「ええと……」
「あ、勿論整備のみんなにもよ」
そう言って笑顔を向けると、それは天使が舞い降りたかのように見える。
昔の他者を拒絶する表情は面影さえ見えない。
「毎度あり〜」
屋台のおじさんの、やたら元気な声がガレージに響いた。
第1話 完
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