ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第18話 生への意志
対AC用E型狙撃ライフル『WG−RF/E』 店頭販売はおろか、開発した社で正式採用すらされなかったパーツである。 その理由は扱いの難しさ、弾数の少なさ等多数上げられる。 だが威力と射程は折り紙付き、尚かつ、その弾数の少なさや、パーツ内部の部品の入手が容易な事などから整備もしやすい。 特殊なのは、その異様に長い砲身と発射を制御するプログラムだけだ。 そう彼は考えていた。 そして狙いをつけ、撃った。 そして雨が降り出した。 ただの一発で壁面が吹き飛び、誘爆が誘爆を呼び、飛行船は阿鼻叫喚の地獄となった。 「第三待機室滑落! 第一兵員室に火災! 機関室に致命的損傷、これは……内部からの破壊です、高度急速に低下中!」 「リオル様は、リオル様はどうした!」 「連絡取れません!」 「……くっ! 非常事態故に戻るまで私が指揮を執る、砲座放棄! 待機室、兵員室の人員は直ちに機関室へ!」 「了解、各員、砲座は放棄、生存兵員は機関室へ!」 そこには悪魔が居た。 両手を広げ、笑っていた。 『さあ、帰ろう』 彼が認識する存在は既に無く、ただ帰りたいという思いだけが在った。 「機関大破、右舷からの攻撃、止まりません!」 「くっ、この24ミリの超々ジュラルミン等紙も同然か……」 「高度低下中、加速度から計算して3分後に墜落」 「リオル様はまだもどらんのか!」 「だめです、機関室の兵員からの通信ありません」 「くっ、仕方がない、総員退艦命令を出せ、艦橋要員は私に続け、リオル様を捜索する」 「しかし、機関室まで5分は」 「つべこべ抜かすな、ついてこい!」 『全世界を、ひいては全人類を、一個人の感情などという不安定な物に任せるわけにはいかない』 ペンダントの裏蓋に刻まれた明確な意志。 俺は、生きる。 俺は、世界を変えるとか、そんな意志は欠片だってない。 でも、自分の生き方くらいは変えていきたいな。 それで世界が変わっても、それは自分の生き方だから、それで、いいや。 「退艦、退艦」と叫んでいた男の膝が崩れ落ちる。 膝から上は壁に叩き付けられ、頭はごろりと床に転がった。 「来たぞ! 奴だ! 早く脱出艇を出せ!」 「搭載している火器で弾幕をはれ! 近寄らせるな!」 脱出艇の搭載された格納庫区画が大混乱に陥り、そして。 砲狙撃が格納庫に直撃した。 「格納庫に命中、これでジオの援護になったかな?」 ルシードが呟いた。 「さてね、そこまでの責任は持てないよ、ただ、言える事がある」 「なんだい?」 「こんなところでジオは死なないってことだな、あいつは自分が主役の時は何やったって死なない奴さ」 「じゃあ、同じ立場で脇役だったら?」 「死ぬね、絶対死ぬ、あいつはそう言う奴だと思うぜ」 「そうかい、じゃあ、主役を応援に行くとしよう、そっちのAC、動くか?」 「ああ、戦闘になったらあっという間に吹き飛ばされるくらいには」 「そりゃあいい、俺たちは今回脇役なんだから脇役らしく生き残ろうか」 「そうだな」 二人は笑う。 悪夢を反芻しているようだった。 爆発と航空機が自分を吹き飛ばした。 その瞬間に、また悪夢が蘇る。 体が宙に浮いたまま、意識だけをはっきりさせられて、脳に直接薬を打ち込まれる悪夢。 具体的すぎて、何の救いもない悪夢。 いつしか、考える事をやめていたあの時間。 クスリを打たれたときだけ痛みという感覚で、一瞬だけ考える、痛いと考える。 でもいつしか痛みも失せて。 再び悪夢が蘇る。 悪夢が蘇る。 それはもう一つの未来。 希望通りの場所に、市民を守る防衛部隊に就職し、街の人と笑う未来。 街を守る為に命をかけて戦う未来。 友人が居て、恋人も居て、家族も居て。 そこは全てが満たされて、楽しい。 だが、それは幸福だろうか? 昔の、今になる前の自分なら、幸福だと答えるだろう。 迷う事もない明白な事だと、言い切ってしまえるはずだ。 だが、いまはどうだろうか? 幸福とは、周囲に存在する具体ではなく、脳が認識する抽象だ。 仮に幸せだったとしても、それは 覚めれば全てを失う悪夢だ。 目が覚めたとき、空にいた。 空にいて、確実に地面に向かっている。 ああ、楽しいな。 本当に楽しいな。 もうすぐ、自分は全てを、命を失うのに。 本当に楽しいな。 「本当にそれで良いのかい?」 「ああ、いいよ」 気付けば、自分は地面にいた。 黒い、闇という名の地面に立っていた。 「そうか、『俺達』は死ぬんだな」 「ああ、死ぬね、多分死ぬね」 そして軽く二人で笑った。 「死ぬつもりが無いなら言ってくれよ」 そう言って、目の前の彼は背を向ける。 「俺ならオマエを救ってやれる」 そう言って、目の前の彼は向こうへ、闇の彼方へ去っていった。 救う、か。 救うってのは多分自分の命の事だろう。 『命を共有している』者同士の事だ、俺を救うとは自分を救うという事じゃないのか? 「違うよ」 ああ、まだいるのか、自分の中に、知らない自分が。 しかも、女が? 女性は笑う。 そして軽く髪をかき上げた。 その仕草は、見覚えがあった。 「貴方を殺す、それが救われる唯一の方法」 「救い、か」 考えれば、自分の今までには、必ず何かの救いがあったような気がする。 小さな、本当に小さな時には親が居て、少し大きくなれば友達が居て、そして今は仲間がいる。 最高だ、最高じゃないかこんな人生。 手放すのは、勿体ないじゃないか。 不安も、後悔も、絶望も、全て最高じゃないか。 「俺は、今救われる事は望んでいない、望むのは、死んだときと地獄の居るときだけだ」 「それが結論か」 ああ、そうだ。 そう答えようとして、声が出ない事に気付いた。 急速に距離が離れていく。 遠ざかっていく。 「お前がそれを望むなら」 「私たちは、それを望む」 「それが我らの存在意義」 声がぼんやりと遠ざかり、そして消えた。 気付いたとき、無骨な何かが背中に当たっていた。 だが、無骨に感じたそれは只のクッションで、その先に存在したACこそ無骨だった。 そして、その機体には見覚えがあった。 「……カリナ?」 その呟きに答えるように、僅かに腕が動いた。 ああ、そうだ。 俺は生きていくんだ。 自己への不安を抱え。 殺戮での後悔を抱え。 それから、『生きる』という希望を抱えて。 後悔はあっても、満足できる人生だったと、最期に胸を張って言えるように。 生きる。 生きていく。
第18話 完

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