ガレージシャンソン歌手 山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の壱百弐拾参
〜緊張で寿命縮まる〜



私の芸歴は無駄に長い。
その長きに渡る活動が如何に積み重なっていないか、まったくもっての根無し草・デラシネである。
堪え性のない自分を痛感するのだが、まあ“三つ子の魂地獄まで”な訳である。
人前で何かを表現する時には、多かれ少なかれ、必ず緊張感を伴う。
緊張感、これはとても大切で厄介なモノだ。
私はずっと緊張して来た。
緊張がプラスに作用する事もあるしマイナスに作用する事もある。
我々の様な仕事をする生き物は“緊張する事”と上手く付き合ってゆかなければならない。

慣れている状況でも、小さな会場でも、短い出番でも、調子が良くても、固くなってしまう事がある。
慣れない状況でも、大きな会場でも、長時間の公演でも、調子が今一つでも、リラックス出来る事がある。
緊張の度合いなんてその時になってみないと分からない。

さて、私の芸歴の中で最も緊張した瞬間をいくつか挙げてみる。
『ひまわり』の頃、ミュージックステーションに出演した際、生放送で歌詞のテロップが流れると言う事で、極度に緊張した。司会者に紹介されスタンバイする 時に、バックバンドのメンバーがいてくれた事が本当に心強かった。
『URASUJI』初演の時、舞台裏で暗転を待ち、真暗闇の中、蓄光シールを目指しスリ足で進み、口上が始まる迄の数秒、極限まで緊張した。勝手知ったる 事柄がひとつも無かった。佐藤芳明のアコルデオンの音色が本当に心強かった。
そして今年『URASUJI〜仇花〜』に於いて、初演に引き続き又しても舞台最初の台詞を吐く事になり、舞台裏で開演を待って、暗転から灯りが入り、暖簾 をくぐって登場する迄の数分、生きた心地がしない程緊張した。この歳になってここまで緊張する事があるのか、生き物として良くないんじゃないのか、そんな 時間であった。恐らく寿命が縮まったと思われる。今回は演奏者でありながら役者も兼ねており、バンドメンバーも相方もいない、まったくもっての独りぼっ ち。自分で自分を励ますしかなかった。心強くはなれなかったが、肝は据わった。いい経験であった。

緊張感、これはとても大切で厄介なモノだ。
これからも緊張し続けたいと思う。
やだなあ…。

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