辛巳二月  幽琴窟琴學日記



幽琴窟主人


辛巳二月一日
「平沙落雁」「梅花三弄」録音ス。己ガ琴ヲ録音器ヨリ聽クニ粗キトコロ行キ届カヌトコロ實ニヨク判ルナリ。更ニ丁寧ニ大切ニ彈カントゾ思フ。

辛巳二月二日
稗田副所長ヨリ連絡。東洋琴學研究所ノ件。
《七絃琴音樂藝術》第七輯ヲ閲ス。見開キ頁ニ坂田進一氏ノ彈琴冩眞ヲ認メタリ。毅然ト座シ、ソノ端正ナル姿勢ハ他ノ中國彈琴家トハ異リ存在感際立テリ。氏只一人傳統的琴學ヲ實践サレルカノ如シ。頼シキ存在ト言フベキナリ。又、山寺氏ノ姿モ認ム。
コノ輯、論文内容ハ讀ムベキモノ多ケレド琴學ヲ俗化セントノ姿勢アリ。

辛巳二月三日
「平沙落雁」「漁礁問答」。曲ニ緩急アリ強弱アリ間合アリ、彈琴者ノ心構ヘ、曲ノ意味ノ理解。コレラハ打譜スル上ノ必須条件ナリ。

辛巳二月四日
林桃林氏ヨリ電子書簡。余ガ録音セシ曲ヲ送レトイフ。氏ノ言葉ハイツモ励ミトナレリ。

辛巳二月五日
「醉漁唱晩」一曲ノミ彈琴。

辛巳二月六日
白川靜博士曰、「しかしながら、東洋がかつて存在していたことは、歴史的にも厳然たる事実である。歴史的な事実である以上、それは必ず歴史的に回復する機会をもつであろう。」ト。琴學ノ目的モソコニアリヤト思フ。

辛巳二月七日
『西麓堂琴統』ヲ閲ス。打譜スベキ曲多シ。
「春江晩眺」「玉樹臨風」彈ズ。

辛巳二月八日
中國歌曲數字譜ニツキテ問合セアリ。早速山寺氏ニ轉送ス。山寺氏ノ迅速ナル對應ニ感謝。
夜彈琴セズ。

辛巳二月九日
彈琴セズ。

辛巳二月十日
彈琴セズ。

辛巳二月十一日
終日彈琴。
『誠一堂琴譜』ノ「陽春」ヲ改メテ見ルニ、第九段ニ一音彈ジ忘レル音アルヲ發見セリ。暗譜ノ不正確ヲ省ス。自ラ曰、記サレシ琴譜ノ一音スラ違フベカラズト心掛クベシ。

辛巳二月十二日
古琴ノ彈キ方ニ就キテ問合セ。サレドソノ古琴ハ中國古箏ト誤解セルモノナリ。古琴ノ知名度ノ低キ、一般化セザル現状ヲ鑑レバ致シ方ナシ與。
「漁礁問答」彈琴。

辛巳二月十三日
「漁礁問答」彈琴ス。中々ニ念ヒヲ籠メラレズ。不滿ナリ。

辛巳二月十四日
「伐檀」録音セルモノヲ林桃林畫士、山寺氏ニ送ル。
「漁礁問答」彈琴。雜ナル彈奏、マコトニ不滿也。

辛巳二月十五日
林桃林畫士ヨリ「伐檀」ヲ聽ケリトノコト。大切ニ聽カントノ言葉、忝ナクモ嬉シキ哉。

辛巳二月十六日
彈琴セズ。怠惰ヲ恥ズ。

辛巳二月十七日
山寺氏ヨリ電子書簡。余ノ「伐檀」ヲ聽ケリトノコト。忝ナシ。好キ評ヲ頂戴ス。
又、青山ノ某茶館ニテ彈琴ノ會アリテ「鴎鷺忘機」「漁樵問答」「憶故人」ヲ彈ズトノコト。余ハ聴クコト能ハズ殘念至極ナリ。氏ニ「伐檀」ノ意味ヲ問フ。
午後ヨリ夕刻マデ彈琴。西空ニ星ノアラハルルヲ見テ止ム。

辛巳二月十八日
山寺氏ヨリ電子書簡。「伐檀」ハ『詩經』ノ「魏風」ノ中ナル一篇ナリト教示。感謝。早速『國譯漢文大成』ヲ繙クニ、
「人の道たる各の業あり、業ありて以て始めて餐すべし、業ありて餐す、其の餐や意義あり、何の成す亊も無く禄を食む、此れ君子の恥る所、各其の力を以て餐む天地に恥ざるなり、」「君子が勤勉して止まざるを言ふ詩なり、善因なき者は善果を得ざるの理を叙す、人は衣食の為め活く、而かも亊を為すは先にして、食は後なり、亊を怠り、業を勵ざる者、宜しく三復すべきなり。」
ト、「句釋」アリ。如何ニモ琴曲ニ相應シキ詩ナリト知ル。

辛巳二月十九日
「漁礁問答」少シバカリ滿足セリ。彈琴ニ彈キ流スコトハアリ得ズ。一音疎カニスベカラズ。

辛巳二月二十日
「酒狂」彈琴。醉人ノ態ヲアラハスニ音程ト拍ヲモ狂ハスナラ此ノ曲ノ真意ニ近付ンヤ。叉、七賢人ノ如ク酒ヲ飲ムニ如カズ。

辛巳二月二十一日
「酒狂」録音。林桃林氏ヨリ電子書簡。氏ハ未ダ顏ヲ見ヌ知音ナリ。

辛巳二月二十二日
「關山月」録音。

辛巳二月二十三日
絃ノ張替。第七絃、六絃、五絃ノミ。音高ヲ一度上ゲル。
「瀟湘水雲」

辛巳二月二十四日
林桃林氏ヨリ電子書簡。車中ニテ「春江晩眺」「伐檀」ヲ聽クトノコト。聽者ノ存在認ムベシ。

辛巳二月二十五日
終日彈琴。午後ヨリ雨降レド春ノ氣ヲ感ズ。「梅花三弄」ヲ彈ジ春ヲ壽グ。

辛巳二月二十六日
琴ヲ思ヘド彈琴セズ。『飛鴻堂印譜』ヨリ琴字ヲ探ス。

辛巳二月二十七日
蔡徳允氏ノ「水仙操」ヲ何度モ聽ク。中デモ余ハ最モ好メリ。淡ナル彈奏ハ古ト會ス。

辛巳二月二十八日
『飛鴻堂印譜』ノ遊印ヲ覽ルニ琴境ヲ表ス字多シ。而モ琴ヲ自娯トセル。
「濁醪夕引素琴晨張」「詠詩書彈琴以自娯」等。晨ニ素琴ヘ絃ヲ張ル。斯様ナル生活ヲ希求ス。
葉明媚女史ヨリ書簡。
稗田氏ヨリ電話。「東洋琴學研究所」ノ今後ニ就テ。





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