日本の琴
失われた琴韻を求めて1

伏見无家



大衆化を志向しない音楽

 「琴」は音読みで「キン」と言う。歴史的にそれは七絃琴、古琴を意味する。「七絃琴」とは七本の弦があるゆえに楽器の構造からつけられた名前であり、「古琴」とは楽器の歴史の古さから尊称としてつけられた名前である。
 かつて日本には美しい琴韻が響いていた。琴には音楽を超えたある価値観が存在していた。それは東アジア知識人たちの精神的支柱となったものである。儒教の具として遊仙の楽として琴はただ中国直輸入の民族音楽としてではなく、長い歴史の時間を経て日本の知識人、芸術家の思想に深く関わっていたのである。邦楽といっても何ら違和感のない音楽だった。
 いつごろから琴を「キン」とは読まなくなってしまったのだろう。おそらく日本に琴韻、すなわち七弦琴の音が聴こえなくなった昭和の初めころではないかと思う。明治からの欧化主義は日本を席捲して、教養としての漢学(中国古典学)が欧米諸国のそれに取って代わった。音楽についても西洋音楽の圧倒的な影響力で、日本の古典音楽全般が隅に追いやられた時代である。琴は漢学を教養とした一部の知識人の間にのみ伝わった音楽であり、しかも大衆化を志向しなかったために時代の趨勢から取り残され、漢学も必須の教養ではなくなったためにその地盤を失い、ついに誰も琴を弾く者がいなくなった。と同時に「琴」という意味も失われてしまったのである。
 しかし確かにこの時まで、琴は日本に厳然としてあったのである。遠く奈良時代、十三絃箏と同じ時期に中国から伝わり、平安末期に一度絶音し、江戸時代に至り再興し、その後日本が独自に編纂した琴譜を基に一つの伝承が二五〇年間続いた。それも明確な師伝系譜を辿ることができる。
 国宝の琴楽譜「碣石調幽蘭」は千四百年も前の写本であるが、二十一世紀の現代に至ってもなお同じ調律、同じ旋律、同じ音色で奏でることができる楽譜である。また最古の琴、正倉院の「金銀平文琴」や法隆寺の「唐琴」は、絃さえ張れば当時の貴族たちが弾いたり聴いていたであろう曲を今でも演奏することができる。決して古代音楽復元という類のものではない。再奏である。琴は誕生当初より完成された音楽としていつの時代でもまったく変化しないできたのである。このこと自体驚くべきことなのだが、しかしこの事実についてあまり知る者はいない。「幽蘭譜」「金銀平文琴」。この二つのものが日本を琴の国たらしめている。
 今はすでに失われてしまった琴が日本においてどういうものであったか。これから探っていきたいと思う。


東京国立博物館蔵「法隆寺開元琴」胴内に墨書で「開元十二年(724)歳在甲子五月五日於九隴懸造」とみえる。江戸時代まで絃を張り弾じていた。

邦楽ジャーナル 2003、VOL.195 4月号より転載




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