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『チューリップ・タッチ』
(アン・ファイン 著 / 灰島かり 訳 / 評論社) 

― 2005. 5. 29

*  「この本を、読んでください」 

  今まで「読んで」なんて、滅多に(互いの好みをよく知っている友だちや妹にさえ)、言ったことはないのですが、今日は、勇気を出して言いたいと思います。── この本を、読んでください。




麦畑の光の洪水の中で、
あたしは初めてチューリップに会った。
そして、離れられなくなった。
あたしたちは二人で、どこへでも行ったし、なんでもした。
そう、ウソをつき、友だちを傷つけ、大人たちをからかった。
ある日、空っぽの古い家畜小屋に火をつけた。
空をなめる大きな炎と黒いけむり、舞い上がる火の粉。
あたしは走った。全速力で……。

(『チューリップ・タッチ』 表紙の内折りより)




  美しい本です。
  途方もなく深刻で、息のつまるような物語なのに、淡々とエレガントで、どこか優しい叙情詩のよう. . . 。

  最後の一行を読み終えた瞬間に、涙がボロボロあふれて来ました。
  本の中へ行けるのならば、走っていって、主人公のナタリーを抱きしめたいと思いました。
 「あなたのせいじゃない」と言ったところで、彼女の心は軽くならないだろうけど、それでも、と。
 読み終えて一月近くたった今も、その気持ちは続いています。


 たぶん、「問題作」と形容されるような物語. . . 。
  暴力と虐待の被害者である八歳の少女、チューリップが、やがては犯罪の加害者になっていく過程が、そして、チューリップに惹かれ、彼女に共依存的に寄り添ってしまう少女、ナタリーの様子が、鮮やかに深々と描かれています。
  タイトルにもなっている「チューリップ・タッチ」は、チューリップが「嘘」をつくときのタッチ(話ぶり、手法)のこと。彼女は、荒唐無稽なのに、妙にリアルな感じのする、「迫真の嘘」をつくのです。

  チューリップの絶望や怒りは、日ごとに激しさを増し、その嘘やいたずらも、エスカレートしていきます。
  ナタリーは、チューリップからほとんど邪険ともいえる扱いを受けながらも、彼女から離れることができません。──誰かから必要とされることを必要とし、危険だと知りつつも、強い刺激や、濃密なつながりを求めてしまう。
  ナタリーの空疎感とチューリップの激しさが、引き合うさまは、友情というよりは「恋」のよう. . . 。

  やりきれないのは、二人の周りにいる大人たちが、さほど悪くはないってこと。
  ほとんどが善意の人。──劣悪な環境に置かれたチューリップのことを気に掛け、同情していて. . . 。 とくに、ナタリーの父親や、美術教師などは、チューリップの苦しみも知っています。
  荒れていく子どもを救いたいとは思って、でも、あと一歩踏み込めない。誰も、チューリップに、ほんとうにはタッチしない……。
  その結果、チューリップに対するレスポンシビリティを負うのが、ただ一人、やはり無力な子どものナタリーだという、最悪。

  この物語の結末は、「衝撃的すぎる」と、本国イギリスでも議論が巻き起こったそうですが、私は、ナタリーとチューリップの決着のつけ方は、とても自然だと思いました。
 「だって、もう、そうするしかないよね. . . 」

  決して、衝撃的すぎると言われるほど、めずらしい話ではないはず。

  ── Who is guilty?  What is evil?
  近所に、クラスに、チューリップがいたら、私は、彼女にタッチできるだろうか. . .
  一人で難しいときには、誰と連携したらいいんだろう?  どんなふうに. . . ?
  物語を離れて、「大人」として自問することも、山のようにありました。





  イギリスの田園風景、子猫を抱くチューリップとナタリーの出会い、二人がクリスマス・パーティーではじゃぐ様子など、どの場面の描写もほんとうに見事で、クラクラしてしまいます。
  全編を通して、繰り返される「火」や「炎」のイメージにも、めまいがしそう. . . 。昔、通っていた小学校が炎上した夜、ショックで震えながらも、「なんて綺麗なんだろう」と思ってしまったことを、ふっと思い出しました。


  言わずもがなですが、灰島かりさんの翻訳が、素晴らしいです。
  甘すぎず、タイトすぎず、声に出して、何度でも読み返したくなっちゃう日本語. . . 。 訳語の一つ一つが、ほんとうに選び抜かれた言葉という感じがします。
  板垣しゅんさんの装画も、魅力的 ── 英・パフィン版の雰囲気を残しつつ、チューリップが描いた自画像にもなっていて、そこには燃える炎も. . . 。 その瞳は、言っているみたい ……  "Touch Me." と。

  様々な出版社のいろんな表紙の中で、 私は評論社のが(↑)一番好きです。
  あと、スペイン語版の一つも(↓)いいなぁ。


スペイン語版 チューリップ・タッチ

Un toque especial (The Tulip Touch).


  作者のアン・ファインは、カーネギー賞を二度受賞している、イギリスの誇る作家。彼女の「ミセスダウト」や"Goggle Eyes"は、映画化もされ、この『チューリップ・タッチ』でも、ウィットブレッド賞を獲得しています。

  邦訳は、1,500円。
  この価格設定は、とってもありがたいです。
  もちろん、アン・ファインの佳品が、美しい日本語で読めることが、何よりもうれしいのですが、その上、素敵な表紙。タイトルの文字や印刷もきれいで、本じたいも重すぎず、手触りもしっとり。 栞ひもの色と帯や中折りの文字の色が調和していたり. . .  わーい♪ (装幀は、川島進さん)

  なんだか、すべてが、けなげなチューリップとナタリーにふさわしいようで、この本を手にとる度に、哀しくも優しい気持ちになります。
  この本を. . .  『チューリップ・タッチ』を. . . 読んでください。



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