ダンツフレーム(2003年宝塚記念本馬場入場)
馬名 ダンツフレーム
生年月日 1998年4月19日
性齢 牡 享年7歳
ブライアンズタイム
インターピレネー
母の父 サンキリコ
毛色 鹿毛
厩舎 栗東  山内研二厩舎
荒尾  宇都宮徳一厩舎
浦和  岡田一男厩舎
馬主 山元哲二
成績 中央22戦6勝 2着5回
芝:5−4−0−11
ダ:1−1−0−0
地方移籍後4戦0勝 2着1回
芝:0−0−0−0
ダ:0−1−0−3
中央引退日 2003年9月27日
死亡日 2005年8月28日
獲得賞金
主な勝ち鞍 新潟大賞典 G3 (2003年)
宝塚記念 G1 (2002年)
アーリントンC G3 (2001年)
ブライアンズタイム
Brian's Time
Roberto Hail to Reason
Bramalea
Kelley's Day Graustark
Golden Trail
インターピレネー サンキリコ
Sanquirico
リイフォー
Nell's Briquette
モンテマリア ネヴァービート
キネウスマリア
4代血統表

ダンツフレームの成績

 ダンツフレームは皐月賞2着、ダービー2着とクラシックのシルバーコレクターでしたが、ダービーまでの連対率は100%と、単なる勝ちきれないイマイチというわけではありませんでした。

 春の活躍とは裏腹に、3歳秋は菊花賞、マイルCSで連続5着とあまり成績はよくありませんでした。4歳になりマイル路線に転向するも安田記念ではまたまた2着と今ひとつ勝ちきれないまま、はや最後の勝利から1年3か月もたってしまいました。

 そんな状況のなか出走した宝塚記念では、かつてダービーで敗れたジャングルポケットら有力馬の回避で、ダンツには願ってもないチャンスが訪れました。今まで宝塚記念で念願のG1制覇という馬は多数いましたが、ダンツも見事な末脚で差しきり優勝、念願のG1のタイトルを手に入れました。

 見事G1馬となったダンツフレームでしたが、鬼門の秋で大惨敗を繰り返してしまいます。5歳春になると元気を取り戻したのか、マイラーズC、春の天皇賞と善戦を繰り返した後に中1週で挑んだ新潟大賞典で、59kgを背負って見事な差し切りで1年ぶりの勝利を収めました。しかし前年2着の安田記念では5着に敗れ、連覇のかかる宝塚記念も豪華メンバーの前に7着に終わりました。秋に入って昨年の雪辱をと思っていた矢先、右前浅屈腱炎を発症してしまいました。

 G1馬ということもあってこのまま引退することになりました。その後は種牡馬になる予定でしたが、順調な回復振りを見せていたこともあり、オーナーサイドの意向で種牡馬にはならず地方競馬で復帰することとなりました。

 6歳秋に荒尾で復帰したダンツは、復帰戦2着の後すぐに浦和に転厩、交流重賞を3戦戦いました。しかし往年の力はなく、大惨敗を繰り返してしまいます。結局6月に引退が決定し、栃木の地方競馬教養センターで乗馬となることになりました。しかしながら、残念なことに8月に肺炎を発症し、28日に亡くなってしまいました。


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