エアシャカール(2002年宝塚記念パドック)
馬名 エアシャカール
旧馬名 エアスクデット
生年月日 1997年2月26日  
性齢 牡  享年6歳
サンデーサイレンス
アイドリームドアドリーム
母の父 Well Decorated
毛色 黒鹿毛
厩舎 栗東  森秀行厩舎所属
馬主 (株)ラッキーフィールド
成績 20戦4勝(うち海外1戦0勝) 2着6回
芝:4−6−0−10
ダ:0−0−0−0
引退日 2002年12月27日
死亡日 2003年3月13日
獲得賞金 5億4821万1300円
主な勝ち鞍 菊花賞 G1 (2000年)
皐月賞 G1 (2000年)

種牡馬成績
種付け年 総種付け頭数
2003年 11頭(うち受胎4頭 無事に牝馬4頭が生まれる)
サンデーサイレンス
Sunday Silence
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
アイドリームドアドリーム
I Dreamed a Dream
Well Decorated Raja Baba
Paris Breeze
Hidden Trail Gleaming
Tobacco Trail
4代血統表

エアシャカールの戦績

 エアシャカールは皐月賞と菊花賞を制し、ダービーもハナ差の2着という準三冠馬です。しかし菊花賞後に出走したジャパンカップでは、ダービー馬のアグネスフライトとそろって13、14着とふがいない成績でした。そのせいか、この世代は「最弱世代」とまでよばれる始末です。しかし、シャカールはダービー後果敢にもイギリスの最高峰レース「キングジョージ六世&クイーンエリザベスS」に挑戦し、ここでは7頭立ての5着と敗れはしたものの、まったく休養せずに秋のクラシック戦線に突入し菊花賞を優勝したのだから立派といえるでしょう。ジャパンカップでは相当疲れがたまっていたことだと思われますから、この惨敗も仕方がないでしょう。

 4歳初戦の産経大阪杯では、あのテイエムオペラオーに先着しました。しかし本番の春の天皇賞では8着、宝塚記念では不利もあり5着とまったくいいところが無く、ますます「最弱世代」という印象を強くしてしまいました。

 5歳春は勝ちきれないまでも連続2着でシャカール復活か? とも思わせてくれました。しかしG1では宝塚&秋天の4着が最高と今ひとつで、来年からの種牡馬入りが決定しておりこのまま引退となってしまいました。

 サンデーサイレンスの後継として期待され種牡馬になったシャカールですが、種牡馬入りしてまだ間もない2003年3月13日、残念なことに放牧中の事故で安楽死処分となってしまいました。シャカールが亡くなったことは大変残念ですが、それまでに種付けの終了していた11頭の中から、父を超える、つまり3冠馬になるような馬が出てくることを祈るのみです。


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