≫はりぽた井戸端会議3

☆『純血』もしくは『汚れた血』


「ヴォルデモート卿とダンブルドアはひどく対称的だと思うわけだよ」
「うん?」

「つまり思想として、彼らには裏と表の関係を当てはめたい」
「えーと、それはさっきちょっと出た話だね。ヴォルデモート卿は、マグルの排除を図る。ダンブルドアはマグルとの共存を図る」

「そう。マイノリティーとマジョリティーの関係ね」
「マイノリティーでありながら、優れているという自覚がある魔法族は、多数派であるマグルへの対応を考えなければならないのね」

「いくつかあるよ。同化・共存・排除」
「同化って思想はないね…あ、でもロンが「マグルとの混血がなきゃ、僕らはとっくに滅びてた」って言ってる」

「同化は必要ないよ。混血は同化とは違うでしょ? …と言いたいところだけど、私はまだ魔法族とマグルの違いがよくわからない」
「あ、ごめん。説明するわ。大体カテゴリ四つあるのね」


1魔法族(さらに純血という分類がある)
2スクイブ(魔法族出身で魔法が使えない人)
3汚れた血(マグル生まれの魔法使い)
4マグル

「とこんな感じ。魔法使いは、魔法が使えるかどうかが判断基準だからカテゴリ分けはしやすいね」

「スクイブは誰かいる?」
「フィルチさん。これもどぎつい話でね。彼が魔法を使えない魔法族だって知ったときのロンの台詞。フィルチさんが何で生徒を目の敵にするのかって理由を彼は言うのよ。「妬ましいんだ」って。この台詞いつ読んでも泣きたくなる」

「へぇ」
「あと、今の話と関係ないけど、秘密の部屋が開かれたときもきっつい台詞あってね。ネビルは純血なんだけど、彼言われるんだよ。『君は純血だから襲われないだろ』って。この言葉痛いよ。生徒間に既に意識の乖離が出来てる。純血じゃない人はハリーを犯人だと思って遠ざけるし。すごく、その状況に心がきりきりする」

「二巻読もうかな…」
「即行貸しますから。……それで、この分類でわかる? ハーマイオニーが『汚れた血』って言われちゃうの。マルフォイさん家とウィーズリーさん家が『純血』」

「でもこれってねー。3のカテゴリ分けに恣意が入ってるよ。『汚れた血』ってのはようするに純血主義の人から見た視点でしょ。彼らがそう見るから、このカテゴリーが出来たんだね。そう見られてるから、その人達もそうなんだって思っちゃう。それが彼らのアイデンティティになる」
「へぇ〜」

「つまり、まなざしがカテゴリを作る」
「見られているということによる、アイデンティティの確定?」

「それは絶対にあるのね。周りの人の認識がその人のアイデンティティを作る。逆に、いくら本人が主張しても、周りが認めなければどうしようもない」

「ははぁ。ということは、魔法族というカテゴリ分けにも結構破綻があるのかな。例えばね、ハリーって母親が『汚れた血』にあたるのよ。でも両親ともに魔法使い。ってことは『純血』なのかどうかって話になる」

「あれだね。何をもって魔法族とするかのカテゴリ分けが曖昧なのよ」
「確かに基準わからないわ」

「でもよくある話さね。例えば、ナチスのユダヤ人政策だけど。あれって、何を持ってユダヤ人とするかわからないの。彼らは国がないから、国籍はバラバラ。血統は混血を繰り返してるし、ユダヤ教を信じてないけどユダヤ人って人もいる。ユダヤ文化を捨ててもユダヤ人だって呼ばれる人がいる。結局、彼らが『自分はユダヤ人』だと主張するからユダヤ人なのよ」

「ヒトラーは、人種を選別したかったのね。ドイツ人の単一民族国家。アーリア民族の優秀性を主張」
「障害者の排除も入ってたはずだよ。でも、彼が支持されたのは、結局、多くの人たちの心理の底に、彼の唱えた理想と一致するものがあったからだよ」

「あと失業者対策の成功は大きかった」
「それでもって優性理論が主張されるわけね」

「ええとね。これは直接関係はない話なんだけど。こないだSさん家で「映像の世紀」見せてもらったのね。そこで印象に残ってる言葉が二つあって」
「うん」

「一つはヒトラーね。彼、第一次世界大戦で負けたのは優秀なアーリア民族の血がユダヤによって汚されているからで、ユダヤ人を絶滅させておけば、このような屈辱を受けることもなかっただろうにって言ってるの。凄まじいよ」
「ふむふむ」

「で、もう一つがクロアチア人神父の台詞。あそこセルビア人と争ってるでしょ?」
「ああ、わかるわかる」

「で、神父様の台詞。―――セルビア人と名の付くもの全ては滅ぼされなければならない。家も家畜も。私が神父の格好をしているからといって、機関銃を乱射しないなどと思ってはならない。例え七歳の少年であろうとも、汚れたセルビアの血は全て浄化されねばならない―――だって。これ聞いたとき背筋凍った」

「怖いって…」
「でも私らから見れば違いが全然わからない」

「そうなのよ。結局外から見れば、彼らのカテゴリは違っているように見えないのね。彼らがセルビア人だって言ってるからセルビア人で、クロアチア人だって言ってるからクロアチア人。根拠は彼らがそう言ってるってこと、それだけ」
「互いのまなざしが互いを作ってるってことね」

「そう…ところで何の話だっけ?」
「魔法族のカテゴリ分けは曖昧ですという話」

「んでは、これを下敷きに次の話ね」
「ダンブルドアとヴォルデモートの対称化の話は?」
「ちょっと後回しで。どうせ、今回ヴォルデモート論ばっかりですよ。この調子で行くと」



★ハリーとリドルとハーマイオニー


「この三人はマグルと魔法族の中間層に位置している、象徴的な意味を持つ人々なのね」
「ははぁ。…で、誰から行きます?」

「ハーマイオニーだね。一番わかりやすいし」
「まあ、あとの二人が屈折しまくってるって言い方もあるけどね」

「こう…図があるでしょ」

魔法族=A
マグル=B

上の三人=AかつB

「なるほど。マグルにも魔法族にも属しているのが彼らなのね」
「逆に言えば、どちらにも属していないと見ることも出来るよね。それが顕著なのがヴォルデモートになるかな」

「その話は後で…とりあえずハーマイオニーね」
「彼女ご両親マグルなんですよ。歯医者をやってる」

「ということは、ご両親は魔法族になる彼女を応援してるのね。両親って言う後ろ盾があることは強いね。彼女はマグルである自分を捨てる必要がない」
「マグル世界に属しつつ、魔法使いですか」

「つまり、彼女は異世界への移住者の成功例ね。どんな人でも、自分の世界と違う場所へ来たら、二倍の努力が必要なわけ。やっぱり彼女はマグル生まれってハンデがある。それを勉強に打ち込んで優等生ってことで解消している」
「ただ、優等生と言うことで、別の意味で浮いちゃってるけどね」

「まあそれは別の問題かな。彼女はマグルの両親が健在で、自分を応援してくれる。マグルを否定する要素がないのね。だから、彼女の位置は、マグルの中の魔法使い、かな。ハーマイオニーのアイデンティティはきっちり確立してるね。さっき言った、彼女は自立してるってのはそういうこと」

「ははぁ」
「こういうね、グループA・Bという二つのカテゴリのどちらにも属す人って、大変なのよ。アイデンティティの喪失はよく起こる話でね。…これヴォルデモートの話に関わってくるから先に話しちゃっていい?」

「むしろお願いします。具体例とか?」
「うん、在日ブラジル人の子供…二世や三世のアイデンティティ喪失の問題があるのね。子供達は、日本国籍をもってるんだけど…これにはなんの意味もないのよ。さっきも話したけど、何をもって日本人とするかって問題。日本人は生活様式で、日本人を意識してるらしいんだよね」

「ああ、こたつには蜜柑だよね! ってーのが日本人なわけね」
「そういうこと」
「……(ホントにそれで良いのか…?)」

「あのねえ。子供達のご両親は、子供にブラジルを忘れて欲しくないんだよ。でも、子供は日本文化に慣れてっちゃう。テレビとかの影響力はすごいみたい。それに、学校では否応なしに日本人であることを強制されるしね。家ではブラジル。学校では日本。子供ってね。その矛盾がストレスになるのね。子供だから両方受け入れて、ごっちゃになっちゃう。最後には「どっちでもいいや」と投げてしまうわけね。……それがアイデンティティの喪失の問題」

「これもカテゴリの問題だねえ」
「そう。カテゴリ1が日本人。カテゴリ2がブラジル人だとすると、1.5が必要なのよ。日本人でもありブラジル人でもある。今の日本にはその中間層がないのね。政策として、作ってない。1か2かどちらかに属さなければならない。で、結果としてあぶれてしまう子が出てくるわけです」

「…魔法族とマグル、どちらにも属せないとあぶれてしまう子が出てくる…?」
「そう。それがヴォルデモート。彼はあれだね。自分で新しいカテゴリを作ろうとした人だね」

「逆にハーマイオニーは上手く中間層でバランス取ってるね」
「彼女は中間層って言っても、実はマグル寄りだよ。彼女は自分のアイデンティティの基盤を両親のいるマグルの方に作ってる感じだね」

「ということは、ハリーか…」
「そう。ハリー・ポッターが今一番不安定。彼がどっちに属していくかがこれからの見所…なんだけど。ハリー談義はちょっとおいといて」

「何?」
「ここで重要なのがダンブルドア」

「いや、ダンブルドアは多分純血でしょ? 思いっきり魔法族」
「でも彼はマグルを積極的に学校に受け入れているわけだよ。つまりね、ダンブルドアが図っているのは、マグルとの共存なんだけど、彼はマグルと魔法族の中間層の人々を増やそうとしているわけ。いや、増やさなくても良いんだけど、受け入れようとしているの」

「つまり、新しいカテゴリの創出?」
「それだよね。今までマグルが魔法族という二択しかなかった世界に、新しい中間のカテゴリを作る。すると、長い目で見てマグルとの共存には物凄く利のあることなわけ」

「中間層に位置する不安定な魔法使い達を、ダンブルドアが保護してその成長を助ける…と」
「すると、そのカテゴリは安定していく。彼のやっていることは本当に『偉大』なんだよ」

「うわ。ぼけた爺さんじゃなかったんだ…」
「そう見えるところが更に恐ろしいよね(笑)」



☆リドルのカテゴリー


「じゃあ、次はリドルね」
「彼はマグル出身で、でもマグルに後ろ盾はない…と」

「あー…私ね。ちょっとリドルというかヴォルデモート主人公のゲーム作ってみたのよ。お遊びで」
「へぇ?」

「今度印刷してみようか? それでね。彼のパラメータを色々出してったんだけど、そこで出て来ちゃったのが「マグルへの憎しみ」と「魔法族への憎しみ」のパラメータ」
「マグルはわかるけど、魔法族にも?」

「うーん。それSさんに相談したら、彼女が言うには、リドルは魔法族に失望したんじゃないかって」
「失望?」

「あのねえ。リドルはマグルを捨てて魔法界に入ってきて…魔法界にとても期待していたわけでしょ?」
「そうだね。自己のアイデンティティの基盤をそちらに求めようとした」

「でも、結局リドルってマグルでしょ? 三つ子の魂百まで…じゃないけど、11歳までマグルをしてきた人間は、もはや魔法族には成れないわけよ。基盤をしてきた文化が違うんだから」
「あぁ、つまりリドルさんは否応なくマグルと魔法族の中間層に行くしかないわけね」

「そうそう。もうマグルには戻れないし、戻りたくない。かといって魔法族にはなりきれなかった。それが失望なんじゃないかなーって。いやそれ以外にも失望要素たくさんあると思うけどね。マグルだって魔法族だって所詮人間じゃん」
「だねぇ。多分、ハーフだってこと指摘されまくったんじゃない? あとは、そんなことも知らないの? とか」

「え…私的にはリドルはそこらへんは持ち前の愛嬌で爽やかに切り抜けて欲しい…(なんだよ持ち前の愛嬌って)」
「夢見てるねえ(笑)」

「いや、だってリドルって『自分で言うのも何だけど、僕はその気になれば誰でも惹きつけることが出来た』っていってるんだよ!?」
「ふぅん?」

「ここで重要なのが『自分で言うのも何だけど』と謙遜している点。これがヴォルデモートとリドルの最大の差だね!」
「ヴォルデモートになった今現在、彼の魅力は維持されているのかな?」

「無いように見えるよね…」
「ここらへん、後でまとめて話そうか。マルフォイ家との問題もあるし」

「ええと、話を戻して。リドルはマグルと魔法族の中間層に位置していた。彼はどちらにもなれなかった、と」
「けれどね。リドルは中間層のカテゴリに属することも嫌だったのよ。そうでしょ?」

「だね。マグルでもなく魔法族でもない。で、アイデンティティを喪失した」
「彼はマグルでもあり魔法族でもある…というハーマイオニーのような考え方が出来なかったのだね」

「よって?」
「よって、新しいカテゴリを、自分で作り出す。それがヴォルデモートというカテゴリだね。彼しか属さないし、属せない」

「魔法界を支配する、闇の帝王…というカテゴリ?」
「それはなんか変だね。ちょっと思考が飛躍しすぎてる」

「あ、サラザール・スリザリンだ!」
「はい?」

「彼、サラザール・スリザリンの最後の子孫なの。スリザリンは、純血主義を唱えてホグワーツから出てった偉大な魔法使い」
「あー、それは彼のアイデンティティになりうるね」

「しかも、最後の一人、だよ。彼のカテゴリに彼しか属せないのはそのせいじゃない?」
「そういう見方はありだね。彼はスリザリンの子孫であることにアイデンティティを見いだして、そこに新しいカテゴリを創出した、と。これで喪失したアイデンティティが戻ってくる」

「それで彼は安定するわけだ」
「そうだね」

「でもさ、結局彼がマグルであり魔法族であるって事実は消えてないんじゃないの?」
「本人的には消えたってことでしょう。ここらへんは、後で話すんじゃなかったっけ? ヴォルデモートの矛盾って話で」

「あ、そうでした。じゃあ次ね」



★ハリー・ポッターの不確定性


「要するに、主人公なんだけど」
「彼は非常に面白い位置にいるのね」

「うんうん」
「まず、ハリーは中間層に位置している。ただし、彼はハーマイーニーのように優秀な成績ではない。ハーマイオニーは成績を保持することによって、あと両親の後ろ盾によって、マグルに劣等感をもっていないのよ」

「ハリーはどっちもないですよ。成績はそれなりだし、両親いないし」
「そこはハリーの不安定要素だね」

「うっかりするとリドルになっちゃう?」
「そういう可能性もある。彼は可能性の枠が広いのよ」

「ハリーはダーズリー一家=マグルを憎んでますが」

「ハリーはあれかな? ダーズリー一家をマグルと同一視してないんじゃないかな? リドルにとって父親=マグルだったのとは違って、ハリーは視野が広い。それが全てではないことを知っている。…根拠はないけどね」

「というか、あれですか。ハリーはマグルを嫌うあまりに魔法族を神聖視したりしないんじゃない? リドルはそうだったかもしれないけど。あの荒んだ環境で育ったから、そもそも過剰な期待を魔法族に抱いていないように思えます」

「それって人間不信…。あるかもね。それはさっき言った「ハリーは執着することに恐れている」って話と繋がるでしょう」

「でも、まぁ彼はマグルの世界では上手くはやっていけないのね」
「魔法界にはダンブルドアがいるよ。さっきの話だけど、ダンブルドアは中間層を保護している。ダンブルドアがいることによって、魔法界側にはハリーの受け入れ態勢が整っていたんだよね。いい環境が」

「ははぁ」
「つまり、ハリーは自分の主体性で、マグルか魔法族か選び取れる立場にいるの」

「魔法族A、もしくはマグルBにもなることができる?」

「勿論、AかつB=中間層に位置することも出来る。というか、ダンブルドアはそうなって欲しいんじゃないかな? 現状としても、ハリーは夏休みにマグルの家に帰っていく。マグルであることは失ってはいないんだね。ただし、そこでは異質なものとして排除される。マグルの世界にいると、彼は魔法使いである自分を意識する」

「ふむふむ」
「ここで、彼がマグル嫌いにならないのは、母親のおかげもあるよね。彼にはマグル生まれの母親が命を守ってくれたって事実があるわけでしょ?」

「それが傷としてはっきり残っている」
「実証されているわけね」

「やっぱあの傷が象徴ですか」
「そうね。で、話を戻すと、マグル界に戻ったハリーは魔法使いである自分を再認識するの。逆に、ホグワーツに行くと、マグルである自分を認識する。彼は、後から自分がマグルという属性にあることに気が付いたのね。……そこで新たなカテゴリの創出が必要になる」

「つまり、ヴォルデモートが選んだような、マグルを排除するカテゴリではなく?」
「マグルでもあり魔法族でもあるというカテゴリ。ハリーがここに属することをダンブルドアは期待していると思う」

「ハーマイオニーはダメなの?」
「駄目というか。彼女はマグルの両親が残ってるわけでしょ? 彼女にはそういう意味では不安定な部分がないの。マグル生まれの魔法使いとしての自分を確立している」

「ハリーはまだ自分が「何」だかわかってないってこと?」
「そういうことでしょ。だから、これからの彼の行動が彼自身を規定するわけね」

「自分でアイデンティティを作っていくのか」
「彼は、ダンブルドアの目指すマグルと魔法族の共存のためのカテゴリの筆頭…って設定でどうでしょう?」

「あーなるほどー。奥が深い」


「それにしても、私ハリーとリドルってあんまり似てないと思ってたけど、すごく似てるんだ本当は」
「置かれた環境がね。不安定性の中にいる二人」

「でも選び取ったものが違うんだねえ。グリフィンドールに入ったことは大きかった」
「彼がそう望んだから組分け帽子が入れたんでしょう?」

「あ、それ。そのダンブルドアの台詞、イマイチ腑に落ちなかったんだけど、今ならわかるな。彼はもうリドルとは違う道を歩んでるんだよね」
「ダンブルドアの台詞ってわかりにくい?」

「うん。もっとアイデンティティとか難しい言葉を使ってくれた方が却ってわかりやすいよ。あの人の場合。妙にくだけてるから哲学的に聞こえちゃって、逆に論点がわかんないのよ〜」
「(笑)」