言っておくが。
例えグリフィンドールの騎士かぶれの道化達が何と言おうとも、スリザリンは偉大だ。
確かにスリザリン寮からは闇の魔法使いが多く出ている。
しかし、それが何だという?
彼らは己の探求心に忠実だった。
禁呪を編み出したイリズー。己の子を贄にしたファルケシフォ。堕ちた魔導師キルファイ。
闇に身を染めた者達は裁かれた。
だが、危険を冒さずひたすら現状の維持だけを願って安寧に埋もれている奴らに、彼らを邪とけなす権利があるのというのか?
私とて、禁止されている薬品の調合にふと手を出してみたくなるときがある。
焦がれるようにそう思う。
それが悪だとお前は言うのか? ジェームズ・ポッター。
* * *
今日の諍いはブラックがスリザリンを貶したのが発端だった。
向こうは前もって下準備してきてあったらしく、廊下は盛大に朱に染まった。
ペンキだ。
私の頭上に降らせるのが本来の使用目的だったらしいが、そんなものをむざむざ喰らうか馬鹿め。
しかし、対策のために駆け込んだ図書室にはポッターが待機していて、向こうはこちらを見るなり杖を取り出した。
「ち」
殺らねば殺られるの論理で応戦の構えをとる。
両方の杖から飛び出した魔法は、全く運が悪いことに力が拮抗していたらしい。
真っ向からぶつかって弾けて、神聖なる図書室の英知の連なりは轟音を立ててドミノ倒しに…。
ああもう何てことだ!
ポッターが本の雨に頭を打たれようと、私が紙の山に埋もれようと、そんなのは些細なことだ。
だが全魔法族の至宝たる書庫でこんな惨事が起こるなんて。
しかも多少なりと自分がその原因に関わっているなんて。
勿論悪いのはあそこで杖を出したポッターに決まっているのだが、全く自己嫌悪に陥りそうだ。
白髭の偉大なる校長閣下に後片付けを命じられ、はや数時間。
月が既に昇っている。
そして希少な本の数々は、まだ膨大な量が棚に返されるのを待っているという状態だった。
多分…今日は徹夜だ。
この量では仕方がない。
そして何より、同じ罰を喰らった相手は、全くと言っていいほどやる気がなかった。
もう数時間ほど顔も見ていないが。
「手を動かせポッター。いい加減サボりすぎだ」
振り返らずに言う。
「へぃへぃ」
うんざりした答えが返る。
…大いに頭に来ていたが、今こちらから仕掛ける気力はない。
もう大概疲れてしまったよ。
今日の分の毒舌は消費してしまったというか。
だから剣呑な会話が続いても、喧嘩までには発展しなかった。
例えポッターが仕掛けてきても、こっちは適当に躱すだけだ。
「今更だとは思うけど、なんで君って僕らを目の敵にするわけ?」
「知るかそんなこと」
「なんかさー、結局羨ましいんじゃない? 仲間に入れて欲しいってゆーか。だから絡んでくるんでしょ」
「…私がお前やブラックと仲良くしたいように見えるのか?」
私は大きく首を振った。
* * *
お前達の仲間に入りたいなんて思わない。
仲良く夕飯を食べて肩を並べてお勉強なんて、考えるだけで怖気がする。
お前達にはわからないだろう。
私は毎日が楽しくて仕方がない。
ブラックの「死にやがれスリザリン野郎」という罵声を聞くととても満足する。
ペティグリューの怯えた顔を見る度にそれでよろしい、と思う。
ルーピンの少し困ったようなでも何か伝えたそうな視線を受け取ると、ニヤリと陰険な笑みを返せる。
そしてポッター。お前が笑う。
弾けるような笑顔は高らかに謳っている。
「さぁ」と。
「さぁスネイプ。やろうじゃないか」と。
挑発的に。
待ちかねたというように。
「思い切り喧嘩しよう」と。
スリザリンの同級生の大方は、もうポッター一味にとっちめられてしまっている。
奴らは、あれでなかなか容赦がないのだ。
鮮やかに学生生活上の敵を叩きつぶしていくその手腕には、素直に感心する。
だから、再起不能にされたスリザリンの連中は、もう二度と彼らの前で大口を叩けない。
私だけかもしれない。
いまや奴らと真っ向から対立しているのは。
それは向こうが手加減しているというわけではない。
ただポッターは、少しだけ手を抜いている。
最後まで決着をつけようとする意志がないのだ。
もし、どちらかが倒れるまでとことん争うというのなら、私はとっくに負けている。
数の問題でもあるしな。
だから…ポッター。それは私と同じ気持ちなんだろう?
今が楽しくて堪らないから。
このままでいようというんだろう?
このまま、火花を散らしあって。
毎日楽しいままで。
終わらせるには勿体ないんだろう?
でもいつか、問いただしてみたい。
お前の日常に私は組み込まれているか、と。
ホグワーツの入学から今までの五年間を思い出す度に、私の顔が浮かんでくるか、と。
狡猾さを自覚するスリザリン。
手段を問わないということは、ただ一つを求めるということ。
余計な物は全て削って、唯一の望みを選び抜くこと。
それは、なかなかに楽しい信条だ。
けれど、あの男に関しては特に遂げるべき目的が無い。
何かしたいというわけじゃない。
手段こそ目的なのかもしれない。
私はポッターに喧嘩を売りたいんだ。
だってお前ほど憎らしい人物はいない。
誰にでも向けるその安っぽい笑顔が、どれだけ癇に触るか。
剥がしてやりたい。
引きずり落としたい。
憎しみの籠もった目で闇の最奥を睨むがいい。
目を凝らせば見える物を見てこなかったつけを払わせてやりたい。
自分の中の闇を直視してみろというんだ。
そしてお前は私が嫌いだ。
お前から見れば、私などは、人をけなすことが生き甲斐の狡辛い人間に見えるのだろうな。
闇に潰されて人生の謳歌を諦めた陰気な他寮生。
毒の混じった言葉で人を傷つける嫌な奴。
だから私たちは衝突する。
そうだろう? と問いかけたい。
そうに決まっていると思ってきた。
問わなくたって答えはわかっていると。
けれどいつからか、秘やかに、答えを求めて佇んでいる己を自覚する。
『私が嫌いだろう? ジェームズ』
聞いてみたい。
答えが欲しい。
『―――そうだよ。だから喧嘩しよう!』
自分の中で作り上げた虚像が答える。…くそ、馬鹿らしい。
* * *
月明かりに青白く照らされた静謐な図書室で、ポッターは怒ったように言った。
「友達の好きと恋人の好きくらい区別できるよ」
嘘を付くな阿呆。
何もわかっていないくせに。
自分の鬱陶しさも。
こっちがどれだけ苛立っているのかも。
私がどれだけお前のことを考えているのかも知らないくせに。
思わず笑ってしまった。
まるで喜劇だろう?
まさかこんなに―――こんなに自分が重症だったなんて。
「ジェームズ…?」
けれど奴は何も聞こえていない、固まった表情でこちらを凝視する。
挙動不審だぞそれは。
何を見ている?
何が、見えているという?
そんなこと、どうでもいいのだけれど。
でもまさかこの気持ちだけは。
どうか伝わりませんように。