「ビックリ男」
突然だが、私のキーワードは“長い”である。
背の高さのことを身長と言うが、身の長さで言えば180センチくらい
あるので、まあ長いと思う。
手足もひょろりと長く、手の指も長い。
気性を言うと、けっこう気が長い方だと思う。
このメルマガにしてもついつい文章が長くなってしまうことが多い。
皆さん、ごめんなさい。
で、もう一つ言うと、どうやらまつ毛が長いらしいのだ。
これは以前付き合っていた恋人からある日、「仙人くんて、まつ毛長い」
と指摘されるまでは自覚したこともなかった。というか今でもあまりよく
分からない。
彼女からは続けて「男のくせに長いなんてズルイ」と言われたのだが、
何でまつ毛一つで卑怯者呼ばわりされないといかんねんと頭をよぎった
のも束の間で、さらに続いた「あ、イイ事思いついた! 」という彼女の
一言に、私は否応なくイヤな予感を覚えていた。
というのも、それまで彼女が思いついたイイ事で、本当にイイ事だった
ためしなんて一度もなかったからだ。
彼女は自分の化粧ポーチから金属製の器具を取り出した。それはパッと
見、ハサミのようにも見えたが先端部分はどう見ても何かを切るためのも
のではない。
正体不明の器具を手にした彼女はイタズラっ子そのままの笑顔で近づい
てきた。「仙人くん、ちょっとじっとしててね」
「え? 何? 何するん? それ何? 」
ほとんど「ナニ」しか言ってない私に彼女は「いいから、いいから」と、
まるでカエルを見つけた蛇のように這い進んできた。
「いや、いいからいいからじゃなくって、何するつもりやねん」と本格
的な脅えを見せ始めた蛙仙人は、「動くと痛いよ」などと鎌首を上げ
馬乗りになってくる恋人蛇に必死の抵抗を見せる。
「ちょ、ちょっと、やめやめ、何やねん、それ」「動かない、動かない」
とうとう彼女は私の頭を押さえつけると、手にした器具を私の左目に
近づけてきた。思わず目をつぶる。
「仙人くん、目つぶったらできないよ」
「だから何ができんへんねん。もおー、(`´)いいかげん教えろやー」
恐怖がいら立ちに変わりかけ、薄目を開けた私に彼女が「そのまま! 」
なぜだか私は素直に動きを止めた。まるで「おすわりっ」と言われた犬だ。
彼女は私のマブタを押さえると何やらまつ毛を器具ではさみ込み始めた。
心なしか先が二つに割れた赤い舌が彼女の口からチロチロ出てるような
気がする(笑)。
彼女は「ああー、人のってうまくできない」とか何とか言いながら私の
目先で器具を扱っている。
何だ、このマブタが引っ張られる感じは? それも何回も何回も。人の
まつ毛で一体何してるんだ?
3分くらいそんなことを繰り返しただろうか。「よし、こんなとこかな」
の声とともに彼女はようやく私から下りた。
私は体を起こして彼女を見た。
ぷっ、(°∇°;) きゃはははははははー! (≧∇≦)人(≧∇≦)人(≧∇≦)
彼女が弾かれたように笑い始めた。腹を抱えて笑っている。
私は訳が分からず「おい、どうしたん? 何がおかしいん? 」
とマジメな顔で聞く。
するとよけいにダメらしく「やめてえー、マジメな顔で見ないでえー!」
と彼女は床に突っ伏して笑うのだ。
私は転げ回る彼女をよそに鏡で自分の顔を映してみた。
「…」
な、何じゃ、これは…。 なんと、私の左目が「ビックリ」していた。
左のまつ毛が上に曲がり、マブタの方にそりくり返ってカールされて、
左目がパッチリというか、「ビックリしたような目」になっているのだ。
彼女は私がマジメな顔をしているのに片目だけビックリさせているので
おかしくてしょうがなかったのである。
彼女が使った正体不明の器具。女性の皆さんならもうお分かりだろう。
そう。ビューラーである。
ビューラーとはまつ毛をはさみ押さえることでまつ毛を上にカールさせ、
目がパッチリと見えるような効果を生み出す道具である。
しかし私の目をパッチリさせてどうする。しかも片目だけ。
私は「これ、どうやって直すねん」と、まつ毛を指でつまんだり押さえ
たりして元通りにしようとしたのだが、全然直ってくれない。
彼女は息も絶え絶えに「だ、だから、も、もう片方の目もすればいいん
だよ。こ、こっち、見ないでえー(≧∇≦)」と、また突っ伏して笑ってしまう。
『ったくなあ。これから仕事やねんぞ。どないすんねん』
心の中で舌打ちした私は何とかまつ毛を直そうとして、まばたきしたりギ
ュッと目をつぶってみたりするのだがダメだった。たかだかビューラーご
ときに負けてしまうとは、何て律儀で素直なまつ毛なんだ。
鏡をじっと見つめていると、やはり明らかに左目だけ大きくビックリし
ていて、とてもアンバランスな気分になってくる。
ええい、くそ、しゃあない。とりあえずバランスを取らなければ。
後先考えずその一心だけで私はビューラーを手に取った。
「マ、マブタ、はさまないようにね」彼女が苦しい息の下、注意を促す。
私は右目のまつ毛をビューラーにはさみ込ませようとしたが、鏡の中の
私は動作が逆になる上、マブタをはさんでしまう怖さも手伝って全然うま
くいかない。
「私がやってあげようか」ようやく笑いが収まってきた彼女がヌケヌケ
とぬかし、身を乗り出してきた。
冗談じゃない。どうせやってる最中にまた笑い出すに決まってる。もし
万が一まつ毛取れたらどうすんねん。人間、まつ毛取れたら死んでしまう
んやぞ。
なぜか子供の頃に聞いた迷信が唐突に頭によみがえってくる。
それでも私は彼女が見守る中、何とか右まつ毛をカールすることに成功
した。
「仙人くん、こっち向いて」
期待に胸膨らませた彼女に私は振り向いた。
「
(ノ°▽°) !! きゃはははははー (≧∇≦)人(≧∇≦)人(≧∇≦)
さ、さっきよりビックリしてるぅー! 」
彼女は再び腹を抱え、ベッドの上で転げ回って笑った。
完全ビックリ男の誕生であった。
今さらながら、『彼女の思いついたイイ事って、やっぱり全然イイ事じゃ
なかった』の思いを飲み下した私は、別にビックリしたくてビックリしとるん
じゃないわい! と言うのもアホらしく、足早に午後からの仕事に向かった
のだった。
そこで私ははからずも女性と男性の違いを改めて認識することとなった。
私のビックリまつ毛、何も言わずとも気が付くのは女性だった。
「せ、仙人さん、どうしたんですか? 」「仙人くん、それ、まさか…」
私の顔を見るなりそう声をかけてくるのは全員女性で、ビックリまなこ
に気づいた男は一人もいなかった。やはり変化に敏感なのは圧倒的に
女性だ。
それは外でもそうで、帰りに寄ったいつものコンビニのレジの女の子も、
私の顔を怪訝そうにジロジロ見ていた。
私の自意識過剰かと思ってもみたが、店を出て振り返ると、彼女は同僚
の女の子と私の方を見て何やらクスクス含み笑いしながら話していた。
ビ、ビックリしたくてビックリしとるんじゃないわい!
今日何回目になるのか心の中でそう叫ぶ私を、こうこうと明るい月だけが
静かに見つめていた。
私のまつ毛が元に戻るまで、このあと半日を要した。
☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆
このことがあってから、私はビックリまつ毛の女の子が妙に目に付いてし
まうようになりました。
タレントで言えば、深キョンこと深田恭子さん。
彼女のまつ毛はスゴイですね。別にあそこまで開かなくてもいいと思うの
ですが。
もちろん彼女の場合、まつ毛用のアイロンとかもあるらしいのでそれも大
活躍しているのでしょうが、あの“死に物狂いの”まつ毛カールを見るたび、
つくづくアイドルは大変だなあと妙な感慨にふけってしまう仙人なのでした。