[2002/10/14]

父が空を飛んだ日

 



「父が空を飛んだ日」

 私は胴上げが大好きだ。するのもされるのも、そして見るのも好きだ。

 なぜならみんながみんな、笑顔だからである。たくさんある人間の表情
の中で私が一番好きな表情があふれてるからだ。

 だけど胴上げというのは一生のうちでそうそう何回もやるものではない。
なので私たちは人を上げ慣れていないし、上げられ慣れていない。

 特に上げる方は力のサジ加減が分からず、一投目にものすごい力を入れ
てしまうことが多い。

 それがあんな悲劇を生んでしまうとは。

 一番下の妹の結婚式でのことである。

 地元のホテルで行われた披露宴が無事終わった後、私の両親と新婦で
ある妹、新郎と彼の両親が広間の出口に設けられた金屏風前で招待客を
見送り、その儀式も終わると、皆、廊下というか談笑ロビーにたむろして
笑顔の花を咲かせていた。

 と、何がキッカケだったのか分からないが、突然、披露宴の間じゅう
“飲みっ放し笑いっ放し”ですっかりメーターの上がりきっていた新郎の
友人たちが、「よーっし! みんなでお義父さんを胴上げだっ! 」と
転がるような勢いで私の父の周りに集まってきたのだ。

 私のところにはちょうどホテルの支配人さんが挨拶に来ていたのだが、
その瞬間彼はすぐに血相を変えて、「ちょっと、やめてっ、やめてくださ
いっ」

 だがそんな常識人の声がリミッターの外れてしまったバカ笑い男どもに
届こうはずもなく、気が付けば新郎も駆け寄ってきて父の体にしっかりと
取り付いていた。

 父はと言うと初めての結婚式のプレッシャーから解放され、これがもう
異様なハイテンションになっており、「わしゃ、重いよぉー♪ さーて、上が
るかなー♪」などと、すすんで新郎たちの腕の中に飛び込んでいく始末。

 もはや手の施しようがなかった。

 そして父を飲み込み中腰になった新郎たちの「そーれっ」という掛け声と、
支配人の「やめてぇーっ! 」という最後の叫び声が重なった次の瞬間、

 わーっしょいっ! \(^0^\)(/^0^)/

 男たちの真ん中から文字通り父が“発射”された。

 私はあんなスゴイ速度で空中を飛ぶ父を初めて見た。そしてあんなキレイな
大の字で天井にめり込んだ人間も初めて見た(笑)

 一瞬父は天井に張り付いていた気すらする。礼服が黒いから忍者みたい
だったな。

 私は父がもう永遠に落ちてこないとさえ思ったがそんな訳はなく、父は
あらゆる悲鳴の中、なにか手足がぶらんぶらんの人形のようになって天井
から降ってきた。

 「ああーっ、お義父さん、メガネ壊れてるぅー! 」

 受け止めた新郎とその友人たちは、真っ赤な顔に白目というまさに紅白
寿色の義父に明らかに動揺していたが、それも一瞬のことで、すぐにゲラ
ゲラ笑い出してしまっていた。

 それは私も母も妹も親戚の人たちも同じで、ものすごく動揺しているの
になぜか腹を抱えて笑ってしまっていた。

 うーん、このあたりは胴上げの生み出す妙な精神状態なのかもしれん。

 しかも父も父だった。

 新郎たちに抱きかかえられながら、「いやあ、さすがみんな力あるねー」
はないだろう。

 メガネはひしゃげ、天井には靴先の開けた穴が2つ、キッチリと顔を
のぞかせているというのに。

 にもかかわらず父は笑っていた。何でなんだ? (?-o-)

 支配人さんも今まで同じような事故をたくさん目撃してきたんだと思う。
あの常に冷静沈着、同時に笑顔も絶やさない、まさにロマンスグレー
そのものといった最高責任者が「やめてぇーっ! <(T◇T)>」だもん。

 普通、大の男って滅多に叫ばんぜ。

 あんなに何かを必死で止めようとする人間も久々に見たよ。

 結局父が空中に上がったのは1回だけだった。ただあれは胴上げと言
えるんだろうか。なにか皆でわざわざ父を天井に叩きつけただけのような
気もするが(笑)。まあ何はともあれメガネくらいで済んで良かった。

 最初に胴上げというのはみんな笑顔だから好きといったが、それはもち
ろんおめでたい時にするものだから笑顔なのは当然なのであるが、他にも
もう一つ、胴上げそれ自体に人々を魅了してやまない何かがあるような気
がしてならない。

 それは上げる方も上げられる方も、その瞬間同じ目的に向かって“みん
なの気持ちが一つになる高揚感”とでも言おうか。

 その瞬間だけは胴上げをする人される人、そしてそれを見守る人、胴上
げにたずさわる全ての人が、何の損得も利害関係もなく身分立場の違いも
越えて、ただ無心に“より高く”上げよう、上げられよう、上がってくれと願う、
むかし子供の頃感じていた、理由も打算も必要のない純粋な欲求に身を
まかせる時の、あの熱い感覚がよみがえっているような気がするのだ。

 その高揚感が新郎たちに自分の義父を天井にめり込ませた罪悪感、後味
の悪さを薄れさせ(笑)、私たちを爆笑の渦に巻き込み、父を激突の痛み
から救ったのかもしれん。

 うーむ、恐ろしいな、胴上げって(笑)

 とにもかくにも皆さんも、胴上げをする時、される時は十分に気をつけ
てほしい。

 特に一投目。これ、ポイントね。

☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

ここ数年、プロ野球というものを全く見なくなってしまった私なんですが、
なぜか胴上げシーンだけは見ています。

今年は巨人・原監督と、西武・伊原監督だったけど、おもしろさという点
ではやはり去年だったと思います。

去年のヤクルトスワローズの優勝では、若松監督が小柄なせいか空中に上
がる度にクルリと一回転、胴上げが終わるまでグルングルンと空中で回り
続け、現地とお茶の間の大爆笑を誘っていました。
あれ、絶対にわざと回してましたね(笑)。

 

 

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