[2005/5/23]

 客車と貨車

 

 


 「客車と貨車」


 客車と貨車の違いは何か、と問われれば、座席があるかないかの違い、
というのは答えの一つになると思う。

 JR山の手線では10年ほど前から朝のラッシュ時の混雑を少しでも
やわらげるため、座席が壁に収納される電車が走っている。車内に座席
がなければ、より多くの乗客を乗せることができるからだ。

 その「座席無し電車」がはじめて登場した時、痛切に思った。

 これはもう客車ではない。貨車だ。

 客車とは言うまでもなく人間を運ぶための車両だ。だからそこには当然
座席があって乗客は当たり前のように座っている。
 一方、貨車には座席はない。貨車は“モノ”を運ぶための車両だからだ。
“モノ”は座らないし座らせる必要もない。貨車の設計に求められるのは
どうしたらできるだけ大量の物資を運ぶことができるかということで、収納
空間をより広く確保するためには座席に限らず余分なものは取っ払った
ほうがいい。

 そう考えると毎朝山手線で座席のない電車に押し込められ会社や学校へ
運ばれていく大勢の人々は、人間ではなくモノや家畜だということになる。
そのことに気付いた時、暗澹たる気分になった。いや、正確に言えばそん
な気分になってしまったのはそういうことではない。

 人や企業や社会がそのことを当たり前のように受け入れてしまっている、
つまり自分たちがモノ扱いされることを平気で受け入れ、または受け入れ
させていることに対して鈍感になってしまっていることに愕然としてしまっ
たのだった。

 JR福知山線で脱線事故が起きた。事故に遭われてしまった方やその関係
者の方々には本当に心からお悔やみ申し上げる。

 最近私は全くといっていいほどニュースを見ないのだけど(マスコミの
報道の仕方が不愉快にさせるものも多いし、日々起こる事件事故そのもの
についても呆れるやら怒るやら落ち込むやらで見たくないのだ)、それでも
今回の事故の報道を食い入るように見てしまったのは、自分が学生時代
に関西に住んでいたこと、そして今回の事故車が私の通っていた大学行き
の電車で、その学生たちの中からもかなりの死傷者を出してしまったことと
無関係ではない。

 マスコミは連日JR西日本の責任を追及する報道をしているけど、それ
は彼らにまかせよう。現場の血の池地獄の中、生死の境をさまよって呻き、
泣き、叫び、血まみれで助けを求めている乗客を尻目に、その目と鼻の先
でボーリングやら宴会に興じていた鬼畜どもの所業を余すことなく暴いて
もらいたい。

 といっても私は自粛とか連帯責任という言葉が大嫌いだ。昭和最後の年、
天皇陛下の闘病期間に各方面で行われた自粛はやり過ぎだと思っているし、
高校野球で一人の部員の喫煙が発覚するとその野球部全員の甲子園出場が
取り消しになるというアレもアホの極みだと思っている。だけど今回のはそう
いう問題じゃない。

 書いていると話が別の方向へいってしまうし長くなってしまうのでこれ
ぐらいにしておくけど、あ、それから個人の休みに個人が何をしようと自
由なのはもちろんだ。最初JRはそこまで公表しようとしていたけど完全
に思考停止に陥っている。そうかと思えば今度は何もしゃべらせないよう
社員に署名捺印させたという話が明らかになって、なんだかもうムチャク
チャなんだけど、マスコミも今度のことを一過性に終わらせないようにし
てもらいたいし、他にもゴールデンウィークに中国や韓国へキ○ガイ行脚
に出かけていったアホ議員も徹底して追求してもらいたい。

 さて、とはいうものの組織の中で働いている人としては今回の事故のこ
とをどう思っただろう。自分の身に置き換えて考えた人は多いと思う。

 どんな組織でもそうだけど、そこには流れている空気というものがある。
暗黙の組織方針と言い換えてもいい。例えば日本の外務省なら中国や韓国
に何か言われたら相手を刺激しないようマスコミを含めたあらゆる方面で
媚(こび)に近い自主規制をし、その上で感謝もされない経済援助をただ
ひたすらに約束して土下座謝罪するという、戦後60年をかけて是も非も
なくヘドロのようにためこんできた腐った方針がある。これに異を唱える
もの、もしくはそういう気配を持った者は間違いなく目を付けられ、それ
が続くようであれば遠慮なく排除される。排除されなくても確実に省内で
不利で損な立場に立たされ、この先、仕事がしづらくなっていくわけだ。

 それは民間企業でも同じで、社内・部内・課内に流れている空気は皆さんも
敏感に感じていると思う。

 また民間企業に勤めている人、または自営で生計を立てている人なら分
かると思うのだけど、商品やサービスを売って1円の利益を上げること、
いや、1円どころか10銭20銭の利益を上げることがどれだけ大変なこと
か、どれだけ血のにじむ努力工夫が必要かというのは身にしみていると思
う。

 ライバル企業との闘いはますます熾烈さを増し、向こうが運賃を下げる
というのならこっちはスピードアップ・ダイヤ増発という価値を提供して
お客様にサービスをする。それは営利企業ならもっともなことでむしろ
健全な考えだろうと思う。

 コンビニの商品入荷だって昔は1日1回だった。それがより出来たての
お弁当などを提供するため1日3回になった。商品を運ぶ配送車で考えて
みると、車の総台数は増えていないのに走る回数が3倍になったことで
単純に言えば街の交通量が3倍になったとも言える。排気ガスや渋滞だ
って増えるだろう。でもそんなことより新鮮でおいしいものが品切れにな
ることなく用意されているコンビニなら私はそこへ行くし、コンビニ側は
そうしないと他社には勝てない。

 人はカスミを食って生きていけるわけではなく、口を開けて上を向いて
いれば誰かがエサを投げ入れてくれるわけでもない。生きているかぎり
食べなければならないし、食べるためには利益をあげなければならない。

 利益をあげるためならあらゆる手段・方法を考える。そのためにできた
商慣習などもなかなか越えられない高い壁だ。それは慣れ合いだなんだと
非難されることも多いけど、それだけならここまでは続かない。

 例えばこういう話を聞いたことがある。警察回りの記者、それは新聞記者
でもテレビ記者でもいいのだけど、ある新人記者が共同会見で警察幹部に
“突っ込んだ質問”をした。その瞬間、警察幹部は露骨に不快そうな表情を
浮かべて新人記者に言った。「君、どこの社の人? 」

 その一言でその夜には新聞社の論説委員クラスの人間が警察幹部の自宅
へ高級和菓子や高級ブランデーなどのお土産をたずさえておもむき、土下座
せんばかりに謝ることとなった。「ウチの記者が不愉快な質問を差し上げて
申し訳ございません! 」

 相手が嫌がる質問はしない。それが責任ある立場にある者なら絶対に答
えなければならない的を得た質問だとしても、そしてそれが報道協定などに
抵触するものならまだしも、その幹部がただ単に機嫌が悪いなどの個人的
感情で答えたくなかっただけだとしてもだ。それは警察幹部に媚びている
だけともいえる。だけど相手を不愉快な思いにさせて情報が取れなくなっ
てしまったら記者はメシの食い上げだし、それはつまるところ読者や視聴
者が情報を知ることができなくなるという理屈も成り立つ。

 相手が答えたくない質問を慮り、その質問を絶対にしないことで取材対象
との間に信頼関係を構築する。それが慣れ合いという名の信頼関係であっ
たとしてもそうやって相手にどれだけしゃべらせるかが勝負となる。その暗黙
の了解を破った新人記者は他の記者たちにとって自分たちの利益を阻害す
る邪魔者でしかないし、ひいては国民の利益を損なう要因でしかない。実際、
翌日からその新人記者の姿を二度と見ることはなくなったという。

 情報を取るための手段だったものがいつのまにかそれをすること自体が
目的になっていく。国会や警視庁内に設けられている記者クラブが事実上
議員や警察幹部の御用聞き集団に成り下がっている構図は、手段が目的化
してしまったという点において今回の事故と似ているのだけど、もし自分が
そこに属していたとして組織の方針に抗することができるかといえばハッ
キリ言って自信がない。自分だけの問題ならともかく家族や同僚に迷惑は
かけたくない。

 これはマズイだろう、ここもおかしいだろう、そう理屈で分かっていても
そこに会社の利益だのお客様の利益だの自分の利益だの家族の利益だの
浮世の義理だの様々なしがらみがからんできて、いつもいつも理屈どおり
動けるとは限らない。今回のようにダイヤ増発やスピードアップはお客様
のためにも会社のためにもなっているんだという免罪符が社員の中で成り
立っている場合は特に。サラリーマンなら、いやサラリーマンでなくとも
働いている者、組織に属している者なら色々な無理を通すための免罪符を
自分の中に1コか2コ持っているのではなかろうか。

 だから最初の山手線の座席なし電車などももう理屈ではない。とにかく
東京の朝のラッシュはスゴすぎる。客をモノ扱いだ何だと言っていられな
い事情がある。

 今はそれほどでもないけど昔は車内で膨れ上がった乗客の圧力でドアガ
ラスが割れてしまうことも珍しくなかったみたいだし、なんとアバラ骨が折れ
てしまった人もいたらしい。またホームに人があふれすぎて今にも線路に
こぼれ落ちてしまいそうで非常に危険な状態だったという。

 人の多くは不便よりも便利を求める。また職場の空気を乱すよりは乱さ
ないほうを望むし、路頭に迷うよりは迷わないほうを望む。そのためには
“人”でいることより“モノ”でいたほうが都合がいい。自分をちょっと鈍感
にしてやればいいのだから。

 そうなのだ。そうやって私たちは便利や楽を求め、利潤を求め、周りや
組織の空気を読んでその空気に流され、そのたび自分を鈍感にしてその場
その場をしのいで生きていく。人間はどんな状況にも条件にも慣れることが
できる生き物だし、慣れればそれが日常になる。

 人から見てその人がどんなに苦しそうな生活をしていても、苦しさに慣
れてしまえばその人にとってはそれが日常となり、首までどっぷり浸かっ
てそこから抜け出そうとも考えなくなる。人は自分が馴染んだものを変え
ようとは中々思わない。性格にしろ生活にしろ。

 そしてそうしているうちに必ず何らかの事故や事件という形でその鈍感
さを突きつけられることになるのもまた昔からのお約束だ。それが個人的
な事件であれ、社会的なものであれ、国家的なものであれ。
本当に愚かなことだ。

 私のふだんの移動手段は電車だ。今回の事故で私は時速100キロ近い
速度で移動する箱の中にいるんだということを改めて自覚した。

 時速100キロというのは明らかに「非日常」なんだけど、でもそれはもう
私の生活の中に日常としてしっかり組み込まれている。ご飯を食べる時、
『さあ、気をつけなくちゃ』とは思わないし、シャワーを浴びる時『命を落と
すかもしれない』などと緊張はしない。私はご飯を食べるようにキップを
買い、シャワーを浴びるように電車に乗る。

 今回の事故でことさら胸を締めつけられたのは、そういった日常の延長
線上で人の死というものをたっぷりと見せつけられてしまったことだと私
は思う。

 今回、はっきりと分かった。電車で人を運ぶというのは命を運んでいる
というような分かりやすい簡単な言葉で収められるものではなく、ご飯を
食べたり家族や友人とおしゃべりをするといった一見なんでもないようで
いて実はかけがえもなく尊い日常の積み重なりでできている人生というも
のを、そういう人間の生そのものとでも言うべきものを丸ごと運んでいた
んだな、ということ。

 そしてそれは被害者たちの人生だけではなく、その人たちと様々な形で
つながっている人たちまでも一緒に運んでいたのだな、という重い重い事
実。

 現場で被害者の救出に当たった人たちの話を読んだ。もう車内などとは
とても呼べないグシャグシャになったガレキの中、そこかしこに無数の携
帯電話が散らばっていて、それらの着信音が救助活動の間じゅう止まるこ
となく鳴り響き続けていたのだという。1台が鳴り止んでもそれを引き継ぐ
ようにまた他の携帯が鳴り始め、一瞬たりとも止まらない。

 そう。もしかしたら自分の息子や娘が、父や母が、友人が、恋人が、その
ほか自分にとって大切な人が事故に巻き込まれているのではないかと気
が気でなく、一刻も早く無事を確かめたいと願う人々が被害者の携帯に電
話をかけてきていたのだ。

 私はその光景を思い浮かべて慄然とする。無数の携帯がセミのように鳴
き散らしているその様は、独りでは決して存在することができず、生きて
いるかぎり必ず誰かと関係を持ち否応なくつながり合い支え合って暮らし
ていかざるを得ない、人が生きるということの本質を圧倒的な迫力で気づ
かせてくれる。一体どれだけの魂が、そしてそれらにつながった魂たちが
あの現場で叫び声をあげていたのか。救出活動に当たった人は目の前で倒れ
あるいは潰されている人のうめき声や泣き声だけでなく、そこら中から
湧き出し降りそそいでくる着信音を浴びながら、まるで自分たちが何百人
もの人間と対峙しているような錯覚に陥っていたのではないだろうか。

 そしてその対峙しているものの空をつかむような大きさ、所在のない底
知れなさに、それらを救おうとしている自分たちの非力さと無力さに怖れ
おののいていたのではないだろうか。

 事故直後、日ごろの業務を停止して現場に駆けつけた近くの会社があっ
た。そういう組織と人々がいたことに私は涙が出そうになった。恐怖と焦
りと無力感にさいなまれながらも今できる最善のことをしようとした人々
がそこに確実に存在したことに心の底から感動し安堵した。そういう日常
を作り出している組織とそこで過ごしている人々がいたことに圧倒的な希
望を見る。

 その一方、その地獄のすぐ隣で“黙祷をして宴会”という卑劣で下劣で
グロテスクなことをやってのけた連中がいた。救出されていない被害者や
遺体がいまだガレキの中で潰されていたあの夜、そして多くの人がいまだ
連絡の取れない大切な人の姿を求めて遺体安置所や病院を駆けずり回って
いたあの夜に、「黙祷というアリバイ」を作っておけば宴会を強行できると
考えた、そういう「日常」にドップリ浸かっている連中がいた。黙祷と宴会
という本来なら絶対につながるはずのない、絶対につなげてはいけない言葉
をアッサリつなげることができる日常をこの日の夜までも敢行した連中が
いたのだ。しかもその中には国会議員までも混じっていたというのだから
恐怖で鳥肌が立つ。

 宴会場側は場合が場合だけにJRに「こんな時ですから宴会の方どうい
たしましょう。もしお取りやめになるのでしたら、もちろんキャンセル料は
いただきません」と提案していたのだという。当日キャンセルという相当
な損害をこうむるであろう提案を宴会場側は自ら申し出ていたのである。
しかしその申し出にJRは「いえ、けっこうです。宴会はやります」と即答した。

 あの日、ほとんど同じ場所といっていい狭い範囲の中で、あらゆる人間
のあらゆる日常が交差していたのだ。

 遺体の内ポケットの携帯に届いていた『事故なんかに遭ってないよね?
大丈夫だよね。待ち合わせ場所にいます。連絡待ってます』というメール。

 キッチンのテーブルの上に置かれていた『冷蔵庫の煮物、レンジで暖め
てから食べてください。それじゃ行ってきまーす』という娘から父への置き
手紙。

 現場の惨状とあまりにもかけ離れた、むしろ対極にあると言ってもいい
生活感あふれる文言に、真実は複雑でも難しいことでもなくただ当たり前
に単純なことだったんだと思い知らされる。

 事故を起こした側、宴会に出席した鬼畜議員、そして被害者とその関係
者に私たち。すべての人にとって慣れてしまい馴染んでしまったがゆえに
確固として頑丈そうに立っている日常は、向こうが透けて見えるほどの薄
皮一枚で出来ていて、いつだって破れる用意をしている。

 


つぎ

 

          
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