[2004/4/25]

ストリップ嬢と仙人(最終回)

 

 


 「ストリップ嬢と仙人(最終回)」


 抱きぃしめぇ〜たいぃ〜♪ 

 曲がサビに差しかかったところでさゆり嬢の反応が急転直下、とんでも
ないこととなった。

 なんと自分の体を首と足で支え、腰を高くかかげて背中をエビゾリにす
る、いわゆるブリッジ状態にさせた彼女は、さっきよりももっと強く激しい
調子で自分の乳房を揉みしだき始めたのだ。

 そのエロアクロバットに場内が大爆発。ほとんど全員が飛び上がるよう
に立ち上がると、気狂いじみた拍手を送りながら紙テープ紙ふぶきを花咲
じいさんのように撒き散らす。

 再び「さゆりーっ! 」「日本一っ! 」という爆弾が次々投下炸裂され、
それがさらなる拍手を誘爆させて鼓膜が破れそうだった。

 さらにその“拍手の雷鳴”とも“拍手の悲鳴”とも呼べる爆風の中から
「おにいさんっ、立ってるぞ! 」というヤジが飛び、冗談だと分かって
いながら思わず律儀に反応して自分の股間に目をやる私。間髪入れ
ずに返ってきた客の笑い声に、罠にハメられたと知った動揺がさらなる
動揺を呼んで全身がかぁーっと燃え上がった。

 雨どいと化した私のあごの先から汗がボタボタしたたり落ちて舞台の床
にみるみる水溜りを作っていく。これはマズイと顔を上げると、私の目に
信じられない光景が飛び込んできた。

 ブリッジ状態にあったさゆり嬢が一気に体を起こし、そのままの勢いで
私に抱きついてきたのだ。人間技とは思えないその背筋力と腹筋力に
恐怖する間もなく、彼女の息遣いが熱い吐息となって私の耳を舐め上げ、
すでに出す汗もないはずの体からドッと汗が吹き出し直す。

 さゆり嬢は私の頭をかき抱いてその髪の毛の中に両手を差し入れると、
私の頭をクシャクシャに揉みすきながら「ああ、ああ、ああ」と天井に
あらぬ目を向けてあえぎ始めた。

 『もうダメだっ』限界に達した私は手を引っこ抜いて逃げ出そうとしたが、
そんなことは先刻承知と、独立愚連隊と化した彼女の下の口がそれを許さ
ない。

 彼女はヒザをついて立っている状態で私は右手を彼女に入れているため、
私の頭はちょうど彼女の胸のあたりにあって私の頬が彼女の乳房に押し当
てられる格好となっているのだが、それを女性の乳房と感じられる余裕は
もうその時の私にはなかった。

 白粉(おしろい)やメークと渾然一体となった彼女の体臭が否応なく鼻腔
に流れ込んで脳細胞を麻痺させるとともに、ほっぺたと乳房が密着した間
を彼女の汗と私の汗が混じり合いながら流れ落ちていくと、同じようにして
頭の中から一
切の現実感を洗い流していった。

 すでに桜井和寿が歌う詩の内容も把握できないし、客たちは皆それぞれ
に何かを叫んでいるはずなのに、なぜかワアワアとしか聞こえない。

 とうとう頭がスパークして耳から煙を吐き始めた私は、彼女の忠実なる下僕
へと進化を遂げていってしまったのであった。

 さゆり嬢が私のうなじに左手を回した。そして右手を大きく掲げてそのまま
後ろに体を反らせていく。その動きに引っ張られて私も思わず一緒に倒れ
こみそうになってしまったが、彼女が“違う違う”と目で合図を送ってきた。

 どうやら自分が体を反らせるから支えてほしいということを伝えたいらしか
った。彼女は再び体をゆっくり弓なりにさせていく。

 私は慌てて彼女の腰に左手を添えて足を踏ん張る。どうして、などとは
全く頭に浮かばなかった。自分が為すべきことはただ一つ。彼女に気持ち
よく演技をさせてあげることだけなのだった(笑)

 彼女がどんどん後ろに倒れこんでいくと、両手の力だけでは支えきれな
くなった私も体重を後ろにかけることでバランスを取ろうとする。

 私とさゆり嬢はお互いに体を反らし合って、V字の形というか、孔雀が
羽根を広げたような、扇を広げたような形になった。

 舞台の上に、秘技“人間扇”が誕生した瞬間であった。

 うぉおおおおおおおおという地鳴りが場内を震わせ、客席からさゆり嬢
を称える声とともに「おにいさん! すごいぞ! がんばれっ」という私へ
の賞賛激励の声も聞こえてくる。

 さゆり嬢は客の声にシンクロナイズドスイミングの選手のような笑顔で
応えていたが、私は彼女を支えるのに精一杯で、上腕ニ頭筋や太腿を
ブルブル震わせながら白目をむいた泣き顔を見せることしかできなかった。

 まぎれもなく私とさゆり嬢は共演者だった。ジャネット・ジャクソンと彼女
の胸をはだけたマヌケ男だった。違うことと言えばさゆり嬢は元から胸を
はだけていることくらいで、私とさゆり嬢は今、ベストとは言えないまでも
確実にパートナーと呼べる存在に成り合ったのだった。

 そのまま“回り舞台”が4周目に入ろうかという時、唐突に舞台が止ま
った。その反動で私も彼女もよろけ倒れそうになり、あっけなく扇の形を
解いた。

 曲がだんだんフェイドアウトしていくとともに客席の興奮も潮が引くよう
に静まっていく。

 その雨上がりといった空気の中に自分のゼエゼエという息遣いが突然
という感じで聞こえてきた。自分の息がこれほど上がっていることに、今
初めて気が付いた。

 と、さゆり嬢が私の手首をつかみ、下へと引っ張り始めた。

 も、もしかして抜いてくれるの? あまりに疲労困憊していてホッと安心
するのも面倒くさかった。それに手を入れている体勢にあまりに慣れきっ
てしまっていて、そうじゃない自分に戻れるのが何だか信じられなかった。

 抜く時も入れる時と同じようにコツがあるようでさゆり嬢は私の手首を
ねじったり方向を変えたりしている。だがそうしているうちにさゆり嬢が、
え? ウソ…、などと首をかしげ始めた。

 何? どうしたの? 私の胸に一点のしみが落ち、じわじわ広がってい
く。彼女も眉間にしわを寄せてどんどん険しい表情になっていく。

 そしてついにさゆり嬢があきらめたような顔になった。

 「どうしよう、抜けない…」

 ええっ? ウソやろ!? もちろんそんなことはあるはずないと思いながらも、
一瞬私の頭に、横浜の元町あたりをさゆり嬢の股間に手を突っ込んだまま
ヒョコヒョコ中腰で歩いている自分の姿が浮かんだ。

 と、案の定、さゆり嬢が“にっ”と微笑み、
「嘘よ」
「…」

 たぶん恒例になっているのだろう、さゆり嬢のそのジョークに客席がドッ
と沸いている中、彼女はあっけなく私の手を抜くと、パチンっと音をさせな
がらコンドームを外してくれた。その音が合図になったかのように客席から
拍手のスコールが降り注ぐ。

 その雨粒を全身に受けながら舞台上に立ち尽くしている私は、顔が汗で
ぐっしょり濡れそぼり、髪の毛もおでこに張り付いて、まるで溺れかけ寸前
で助け出された子供のような顔をしていたと思う。

 拍手を受けている間(ま)に耐え切れず、思わず私は火照った顔で「あ、
ありがとうございました」とさゆり嬢にお礼を言ってしまうと、もうすっかり
息が整っている彼女は「どういたしまして」と自然な笑顔で返してきた。
ど、どこまでも情けない私。彼女は私に舞台を下りるよう促した。

 すかさず蝶ネクタイが「さゆり嬢と幸運な若者に盛大な拍手を〜っ! 」
と高らかに謳いあげ、ホール内が万雷の拍手に包まれた。

 た、助かった…、のか? 

 いや、これが果たして助かったと言えるのかどうか、それに蝶ネクタイ
の言う“幸運”というところにも今いち納得のいかない私であったが、そ
んな思いはとにもかくにも釈放された喜びに押し流され、客たちの拍手
ひしめく花道を逃げるような足取りでS谷さんの元に戻った。

 S谷さんは爆笑していた時に流していたのだろう涙の跡も乾き切らぬ顔
で、「仙人の『うわっ』ていう声がココまで聞こえてきて、ホンマもう死ぬほ
ど笑ったわ」と、また涙を流して笑い始めた。

 この男に言いたいことは山ほどあったが、とにかく今はココから一刻も
早く逃げ出したい! 私はS谷さんの両肩をつかみ、「出ましょう、S谷さ
ん、とにかく出ましょう! 」と、彼の体をガクガク揺らしながらうわ言の
ように繰り返した。

 だがS谷さんは、「ええやん、ええやん。最後まで見ていこうや。ほら、
まだスゴイ芸とかありそうやで」と、穴があったら入ってしまいたい私の
気持ちなど知ることもなく、というか穴があったから入れてしまった私の
気持ちなど知ることもなく、キラキラした瞳をふたたび舞台に戻す。

 その舞台上ではさゆり嬢が今度は私の手の代わりに皮をむいたバナナ
をコンドームに入れ、それを挿入するや、「はっ」という掛け声で半分に
切っていた。

 「おおおお、すげえええ。あのバナナ、完璧に切れてるやん。仙人の指、
よく切れんかったな」と本気で感動しているS谷さん。そんな彼に『指が落
ちたら今ごろココにおらんっつうの。パニックだっつうの。救急車だっつう
の! 』と、心の中で子供のような悪態を本気でまくし立てている私なの
であった。


 それからの時間を私は何も見えていない目、何も聞こえていない耳で
朦朧とさまよっていたが、突然場内に響きわたった「ポラロイド・タ〜イム
ッ! 」という蝶ネクタイの声で我に返った。

 何、何、何?!

 夢から覚めた思いで場内を見回し、恐怖と緊張に再び体をビクつかせる
私。だが蝶ネクタイの熱い声とは裏腹に、客席はシーンとして波音ひとつ
立たない静寂に包まれていた。

 蝶ネクタイが続ける。

 「本日はお忙しい中、当劇場に足をお運びいただきまして誠にありがと
うございました。これで本日のプログラムは全て終了とさせていただきま
すが、その前に恒例の写真撮影会を行いたいと思います」

 舞台の袖から若い踊り子さんたちが腕にバスケットのかごを提げながら
たたたっと走り現れた。

 「写真の方はいつものように1枚500円から承らせていただきます。2枚
1000円、3枚なら1500円でございますが、本日はゴールデン・ウィーク
感謝期間ということでもあり、5枚写したい方に限り、特別に2000円でご
案内させていただこうと思います。皆様、ふるってご参加ください」

 踊り子さんがカゴの中からポラロイドカメラを取り出して、キャンペーン
ガールのようにポーズをとった。

 「また、お客様からのポーズの要求には女優の方も大抵お応えできると
思いますが、その際には女優の体にはお手を触れませぬよう、くれぐれも
お願いいたします」

 それが合図だった。それまで土の中に隠れていた客たちが、雨後のタケ
ノコよろしく場内のあちこちからニョキニョキ立ち上がって舞台に向かい始
めた。通路には見る間に客たちが溜まって長蛇の列ができあがっていく。
私はその少なくない数の行列に唖然としてしまっていた。

 『ま、まじかよ、この人たち。本当に裸を写すの? し、信じられん。見れば
皆、身なりも普通だし、社会や会社の中ではそれなりの地位を築いている
人たちではないのか。今さら裸の写真をありがたがる年齢でもないだろうし、
それに女優と二人きりで撮影するならまだしも、他の客たちが見ている中
で写真を撮るんだぞ。そういう自分の姿を見られて恥ずかしくないんかい。
うーむ、さすがに俺たちの世代では考えられんな。(S谷さんに振り向きな
がら)そうですよねえ、S谷さ…、』

 S谷さんが財布を取り出していた(笑)。

 「ま、マジっすかっ! S谷さんっ! 」
 「なにが? 」
 「いや、その財布、え? というか、え? 撮るんですか? 」
 「なんかオモロそうやん」

 S谷さんは、何を驚いてるの? みたいな顔で私を見ると、そのまま
舞台のほうにスタスタ歩き始めた。

 そのあまりに自然な動きについつい見送りそうになりつつも、それでも
とりあえず何か言わなければと我に返った私は、「ちょ、ちょ、ちょっと
S谷さん」と、大きな背中に声をかける。

 S谷さんは振り返ると、なあんだ、という顔になり、
「あ、そうか。仙人も撮りたいんか。いいよ、おごったるで」

 「結構ですっ!! 」

 何が「あ、そうか」ですか。勝手に納得しないでください。

 S谷さんは、“仙人は何を興奮しとるんだ。用がないなら呼び止めんと
いてくれ”みたいな目で私を一瞥すると、小走りに舞台へと走り去ってい
った。

 そうだった。あの人はイベント大好き人間だった。東京モーターショーだ
ろうがディズニーランドだろうがストリップだろうが、とにかくどんな催し物
だろうと、その時行われるゲームには必ず参加して徹底的に楽しまずには
いられない人だった。

 今さらながらにS谷さんの性癖を確認したものの、しかしそれにしても…。
と、目を細めて再び舞台の方に焦点を合わせると…。

 おいおいおいおい、マジ並んでるよ。

 それどころかS谷さんは自分の順番が来ると、「もうちょっと腰上げて
もらえますか」などと踊り子さんに言っているではないか。ポーズまで
要求してるよ!! 

 あの人、もしかしたら本当は女性の裸が見たくて見たくてたまらない人
なんじゃないだろうか? 女性の秘部が大好物なんじゃないだろうか。

 だんだんS谷さんの“人となり”が分からなくなり始めている私をヨソに、
舞台上では3人の踊り子さんたちが様々なポーズをとり、その横では
相変わらず小指を立ててマイクを握りしめた蝶ネクタイが、“お手を触れ
ませぬよう、お手を触れませぬよう”と、ホームに電車が入ってくる時の
車掌のように延々と繰り返していた。


 「うわあ、仙人、ホンマ写ってるぞ! 」

 そりゃ写ってるやろう。アンタが実際、写したんやから。

 すべてのプログラムが終わり劇場を出たところで、私は大ハシャギして
いるS谷さんに冷ややかな視線を送っていた。すでに日は暮れかかり、
空にはきれいな夕焼けが広がっている。

 S谷さんは画像を早く浮き上がらせようとしているのだろう、写真をパタ
パタとあおいでは「ホンマに写ってしまうもんなんやなあ」と感心した声を
上げていたが、写真が撮れていることが分かると後はもう用は済んだと
言わんばかりに、「ほれ、仙人にやるわ」と写真を差し出してきた。

 「だからいりませんって」

 私が写真を押し返すと、S谷さんは「そうか」と写真を無造作にカバンに
放り込んだ。

 それはもういつものS谷さんの姿だった。彼はストリップ嬢の写真を
撮るという“イベントそのもの”が楽しかっただけで、撮った写真そのも
のにはそれほど興味はないのだった。

 しかし何という2時間だったのだろう。今までの自分の人生の中で、
これほど消耗した時間もなかったような気がした。しかもゴールデン・
ウイーク。むなしい。私たちは何をやっているのだ?

 こうして何か全てが幻だったかのようなひとときをくぐり抜けた私と、
すでにストリップのことなど忘れて夕食のことなんかを考え始めていた
S谷さんは、本来の目的地である中華街へ向かうため、街灯と車のライト
瞬き始めた黄昏の中をゆっくりと駅の方へ歩き出したのであった。


 で、これには後日談がある。

 その半年後、秋も深まった11月終わり。S谷さんが東京出張で私の部屋
に泊まった。その時S谷さんがちょっとションボリしていたので訳を聞くと、

 「この前、京都で先輩の結婚式があったんや。で、その2次会でちょっと
  飲みすぎてな、どこかでカバン置き忘れてもうたんや」
 「え、ホントに? それで見つかったんですか? 」
 「まだ見つかっとらん」
 「まずいじゃないですか。そのカバンって財布とか入れてたんですか? 」
 「いや、財布は胸ポケットに入れてたし、そんなに大事なもんも入れとら
 んかった」
 「じゃ、まだ良かったですね」
 「まあな。ただ、後から思い出したんやけどな、たぶんあの写真が入れ
  っぱなしになってると思うんや」
 「あの写真? 」
 「ほら、例の横浜のストリップ写真」
 「ほ、本当ですか!? 」

 私は腹を抱えて笑い始めた。S谷さんにバチが当たったのだ。だから言
わんこっちゃない。

 だが私があまりに笑うので、立ち直りの早いB型人間らしくS谷さんも
釣られて、
「だけどあのカバン拾った奴、中から裸の写真が出てきて度肝ぬかれた
やろなー」と笑い始めた。

 確かにカバンを拾った人は驚いたであろう。何てったってカバンから出て
きたのは、明らかにグラビア写真などではない、女性のみだらな生写真な
のだから。私はS谷さんに、

 「だけど拾った人が警察とか届けたら、S谷さんマズイでしょう」
 「まあ、その時はその時やけどな。でも一つだけ悔しいことがあんねん」
 「?」
 「カバン拾った奴にな、俺がストリップ嬢の生写真をいつも大事にカバンに
  入れて毎日毎日持ち歩いてるみたいに思われたら、そんなもん、確実に
  ド変態やん。拾った奴からそう誤解されるのが悔しいな」
 「…」

 S谷さんは本当に悔しそうな表情でコーヒーをすすっていた。

 その姿を見ながら私は、
『うーむ、というか普通、そんな写真を撮ろうとした時点で十分恥ずかしくて、
ド変態なことだと思うのだが』

と、明らかにズレた悔しがり方をしている織田裕二に対して、やっぱりこの
人は不思議な人だとの思いを改めて抱いていたのであった。


おわり

 

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つぎ

 

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