[2004/4/24]

ストリップ嬢と仙人(後編その3)

 

 


 「ストリップ嬢と仙人(後編その3)」


 指が熱かった。

 コンドームをはめられた私の指先は、さゆり嬢によってすんなり入り口に
あてがわれるとあっけなく彼女の中に入れられた。

 彼女は私の手首をねじったり、方向を変えてみたり、まるで何かを確か
めるようにどんどん深い場所まで入れていく。

 私は予防注射を打たれている子供のように全身をこわばらせ為すがまま
となっていた。指を包む外側の感触は、ゴムを通しているため全くといって
いいほど伝わってこなかったが、ただただ、指先が熱かった。

 客席は水を打ったように静まり返り、200の眼がさゆり嬢の手元に熱の
こもった視線を向けている。もしかしたらその熱い視線が虫メガネで集め
られた太陽光線のように私の指先を焦がしているのかもしれなかった。

 さゆり嬢の手の動きは私の指すべてがその第二関節まで埋まっても止ま
らなかった。朦朧と霞がかった頭に、一体、彼女はどこまで入れるつもり
なのか? というおぼろげな恐怖が覆い始めた時、ようやく手の動きが止
まった。私の指は根元まで完全に彼女の中に収められていた。

 さゆり嬢がフゥ〜という安堵とも休息とも付かぬタメ息を吐く。私も一瞬
緊張を解き、小さく息を吐いた。と、ニヤリと唇の端を上げた彼女が「どう? 」

 いきなりの質問に頭が真っ白になる。

 ど、どう?って聞かれても…。こんな時どう答えたら正解なのか見当も
つかなかったし、どだい、頭の中は空っぽで何も考えられなかった。仕方
なく泣いているような笑っているような、思いっきり行き当たりばったりの
マヌケ顔で口をつぐんでいると、いきなり挿入されている右手がものすご
い力で締め付けられた。

 「うわっ!! 」 

 思わず声が出てしまった。それほどスゴイ感覚だった。まるで生コンク
リートに入れられた手が一気に固められたような、寸分のスキもなければ
どこにも逃げ場のない強烈な圧迫感。彼女の中で指の関節がギリリと悲鳴
をあげ、ぐにゃりと柔らかいながらも確実に握りつぶしてくる痛みが五本の
指すべてを襲って恐怖すら感じる。

 再びさゆり嬢が「どう? 」と聞いてきた。得意げな顔。イタズラ娘が野原で
モンシロ蝶でも捕まえたような風情だった。

 何か答えるまでは永遠に許してくれないつもりなのだと直感し、一気に
焦った私は、とにもかくにも真っ白な頭にひらめいた言葉をそのまま放り
出した。

 「あの…、と、とても、力強く、その、圧迫です」

 少し裏返った私の声にさゆり嬢は一瞬目を見張った。が、すぐにプッと
吹き出すと、「あなた、難しい言葉使うのね」と、くっくっくっと小鳥のように
笑った。

 客席のあちこちからも忍び笑いが漏れ聞こえ、さゆり嬢が笑うたび私の
指もくっくっくっと締めつけられたが、不思議とイヤラしい気持ちは沸かな
かった。

 それより、おにいさんから“あなた”という呼び名に変わったことに、自分
の動揺を全て見透かされてしまったような、大人の女に軽くあしらわれて
いるような、えも言えぬ強烈な気恥ずかしさに襲われ耳の先まで真っ赤に
染めた私は、なぜか「すいません」と謝ろうとしてしまったが、その不意を
突いたさゆり嬢が再び「はっ! 」という掛け声とともに渾身の力を込めて
きた。

 「うわっ! 」

 また出てしまった。また声が出てしまった。それはもう圧迫感というより
圧縮感とでも言ったほうがいいような暴力的な力強さだった。

 今度は彼女はそのまま力を緩めることなく、妙に色のついた目と声で
「手、抜いてみて」と命令してきた。

 客席がごくりと息を呑む中、私は言われるがままゆっくりと腕に力をこ
めた。だが、びくともしない。

 いや、たぶん力いっぱい抜けば抜けるのだろうとは思った。だけど無理
にそうすれば彼女の体を傷つけてしまうのではないかという思いがあった
し、何よりショーの演出上、そんなことをしてはいけないような気もしていた。

 それは彼女の演技プランになるべく合わせてあげることで、この状況から
一刻も早く開放してもらおうと私が無意識にとった精一杯の策でもあったの
だけど、そうすることで変な話、私と彼女の間には暗黙のうちに“共演者”
としての意識みたいなものも確実に芽生え始めてしまったように思う(笑)。
そういう意味では私もH君と同じ道を歩んでいるのだった。

 彼女は、どうだ! という、自慢げで見得を切るような視線を客席に投げ
かけた。即座に客席から拍手の嵐が返ってくる。アーティストがマイクを
向ければ、向けられた方は精一杯の反応をアーティストに返す。やはり
コンサートのようだった。

 さゆり嬢はふっと表情を弛緩させ満足げな笑みを私に戻すと、また「はっ」
と力を込め直した。

 それからしばらく舞台の上と下とで「はっ」「うわっ」「はっ」「うわっ」という、
曲芸師の言葉の掛け合いのような、餅つきの時のキネを振る人と餅に水を
かける人のような絶妙のコラボレーションが続いた。

 と、突然、彼女がそれまでで最大の力を込めたかと思うと、上半身を起こ
した仰向け体勢のまま、舞台中央に向かって移動し始めた。

 うわわ! 

 急に手を引っ張られた私は思わず上半身を舞台上に倒れ込ませる。

 さゆり嬢は無言のまま、こっちに来るよう瞳の奥で誘っていた。すかさず
私も同じように目で、それはダメですとさゆり嬢に訴え返す。その動作で
私の視界の中に、見ないようにしてきた彼女の真っ白い胸の隆起や私の
手の先にある黒い茂みが入ってしまい、ますます息を呑んだまま声を出せ
なくなった。

 同じように息を呑んでいる客の密やかな息遣いの中、さゆり嬢は股間の
奥で私の手をガッチリつかみ、ずりり、ずりり、ずりりと“回り舞台”の中央
まで進んでいく。

 声にならない悲鳴をノドの奥に張り付かせた私は、つかまれている腕を
精一杯に伸ばし、空いている手で舞台のへりに必死でしがみつこうとした
が、それも限界だった。そしてとうとう舞台の上に引きずり込まれてしまっ
たのだった。

 途端にそれまで油をひいたように静まっていた客席が爆発した。拍手や
ら口笛やらが夕立ちのように降りそそぎ、何かを叫んでいる客もいるよう
だったが何を言っているのか全く分からない。とうとう舞台に上がってしま
った、という動揺と恐怖でそれどころじゃなかったのだ。

 思っていたよりも広く、妙にスベスベした“回り舞台”の上は想像を絶する
熱さだった。何本ものスポットライトにあぶられ続けた舞台の上は熱せら
れたオーブンそのままの灼熱地獄で、またたく間に顔の出っ張った部分、
耳や鼻がやけどしたように熱くなり、髪の毛がチリチリと音を立て始める。
さらに上着の上から極端に熱い電気毛布を被せられているような奥行きの
ある熱が幾重にもなって押し寄せてきて、体中のそこここから一挙に汗が
噴き出した。

 こんな場所で踊り子さんたちは踊っていたんだ。

 驚いたのが半分と、感心したのが半分。その二つの感情が踊り子さんへ
の同情に変わった次の瞬間、私の耳に聴き慣れた曲が流れこんできた。

 ミスター・チルドレンの“抱きしめたい”だった。

 な、何ちゅう曲をかけるんだ?!

 いつも自分の部屋で、もしくは結婚披露宴で流れる桜井和寿のせつなげ
な歌声を、こんな時にこんな場所で、しかもこんな格好で聞いているのは
何とも現実感がなかったが、私の中のカケラばかりの冷静さが残っていた
のもそこまでだった。

 一瞬、頭がぐらついた。あれ? めまい? 

 ではなかった。眼前の客たちが左から右へとゆっくり動いている。ま、
回ってる? 俺? 

 そう、ついに回り舞台がその役割を果たし始めたのだった。

 途端に小降りになっていた客席の拍手が一気に土砂降りに戻り、その
雨音の中から「さゆりーっ! 」というさゆり嬢を激励する声や口笛が乱れ
飛ぶ。それはまだいいとしても「若いのっ、がんばれっ」などと私を激励す
る声まで聞こえてきて、一体、何をどう頑張ればいいのかと、考えなくて
いいことまで考え始めた私は、もう完全にパニック大魔王の思うツボなの
であった。

 さゆり嬢がごろりと横になると客席の拍手もピタリと止んだ。恥ずかしさ
のあまり目の前の裸身を見ることはもちろん、息を呑んだり拍手をしたり
とやたら忙しい客席に顔を向けることさえできない私は、右手を彼女の中
に入れた四つん這いならぬ、三つん這いのまま床をぐっとにらんで彫像の
ように固まっているしかなかった。

 と、私の目の端でさゆり嬢が自分の胸を揉みしだき、「はうっ、はうっ」
というあえぎ声を上げ始めた。うわわわわと、思いっきり顔を背けた私は
『ヒツジが一匹、ヒツジが二匹』と、他ごとを考えこの場をやり過ごそうと
したが、思い出したようにグイッグイッと指を締め付けてくる彼女の分身
がそれを許さない。

 さゆり嬢の演技は手を天井に差し出したり腰を浮かしたりと次第にアク
ションが大きくなってきて、予断の許さない状況となってきた。

 汗が頭から顔へ滝のように流れ伝って拭いたくてしょうがなかったが、
片手は彼女の中に、もう片手は自分を支えて床に着いているためそれも
かなわない。汗が目に入って痛くて痛くて何度もまばたきしてやり過ごそ
うとしている私を見て、もしかしたら客は私が泣いていると思ったかもしれ
ない(笑)

 『おい、見てみろよ。あの若造、感動して泣いてるぜ』
 『いや、違うだろ。怖くて泣いてんだよ』

 ひっきりなしに聞こえてくるさゆり嬢の歓喜の声、桜井和寿のからみつ
くような熱唱声とともに、己が作り上げた客席の幻聴までもが耳に流れ込
んで、もう何が何だか訳が分からなかった。

 私はH君と同じように電子レンジの中の冷凍食品だった。くるくる回りな
がらマイクロ波の代わりに客たちの視線で料理されていた。

 時間は何分にセットされ、私はどんな料理になるの?

 すべてはさゆり嬢の胸先三寸なのであった。

 最終回につづく。

 

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つぎ

 

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