「ストリップ嬢と仙人(中編)」
H君がサチヨ嬢にうながされて舞台の中央まで進むと、場内に管楽器
をベースにしたムーディな音楽が流れ始め、彼女はその調べに乗りなが
らH君にまとわり付くようなダンスを始めた。
H君はまるで国歌でも斉唱しているかのような直立不動。自分を照らし
出すスポットライトをにらみつけてピクリとも動かず、まさに“でくの棒”か
電信棒かという有様だったという。
友人たちは、ガチガチに緊張しながらストリップ嬢にあしらわれている
H君に、腹を抱えて笑い、引き続き囃し立てながら舞台がよく見える前列
中央の席に移動した。
と、気が付けば、あのカタギでないような数名の中年客も、いつのまにか
最前列の席に移動し、食い入るように舞台に目をこらしているではないか。
そしてそのうちの一人などは、友人たちに「こんなのは1年ぶりだぞ。お前
らは運がいい」などとサディスティックな笑みを浮かべているのだが、友人
たちは何が運がいいのかさっぱり分からなかった。
一方、H君の周りを衛星のように周回していたサチヨ嬢は、今度はその
巨体に似合わぬ流れるような動きから、電柱と化したH君にスルスルッと
体を密着させ、足元から蛇のように這いずり上がっていく舞いを披露し始
めた。
大蛇に巻きつかれ、ますます血の気が失せていくH君。そんな生贄を
肴にさらにはしゃいでいた友人たちであったが、彼らが客席で騒いでい
られたのもそこまでだった。
サチヨ嬢がH君と真正面から抱き合う格好になった時、友人たちは
あっと声を上げそうになった。なんとその時すでに彼女の右手はH君
のズボンのベルトを完全に外し終えていたからだった。
プロの仕事だった。まるで手品か魔法を見ているようだった。ずっと見
続けていたにもかかわらず、いつ外したのか全く分からなかった。友人
たちは、その気味の悪いほどの手際の良さに一挙に顔色と言葉を失った。
しん、となった客席をよそに、サチヨ嬢はH君とたわむれ踊りながら、
右手を彼のズボンの上から股間に這わせ、そのついで、そう、あくまで
“ついで”といった感じでズボンのボタンを外した。
H君は自分の下半身で行われている作業に気づいているのかいない
のか、全く抵抗していなかった。
ただこの時のH君の気持ちは何となく分かる。彼は必死に考えていた
のだ。何とかこの場をやり過ごす方法を、そして場をシラけさせることな
く逃げ出す算段を。
だがそういったことを考えているうちにも彼女の演技がドンドン次の
行程に進んでいってしまっていて、しかもそれが最終的にどの程度まで
エスカレートするかも分からないため、演技を止めさせるタイミングや
逃げるタイミングを取り損ねてしまっているというのが実情だった。
それは客席にいる友人たちも同じで、彼らはもう笑うこともできず、か
といって話をすることもできず、ただ押し黙って、これから何が起こるの
か、もしかしたら
本当に“あのこと”が起こってしまうのかも未だ半信
半疑のまま、舞台上の二人を見守ることしかできなかったのである。
舞台上に目を戻せば、彼女がH君のうなじを手で支えて何やら耳元で
ささやいている。客席には聞こえてこないが、どうやら“舞台上に寝ろ”
という指示が与えられているらしい。
おびえと戸惑いの入り混じった不安げな表情を見せながらも、H君が
彼女に抱きかかえられるようにして腰を下ろす…、と、その腰が床に付く
寸前、サチヨ嬢がH君のズボンをサッと膝まで引き下ろした。腕のいい
板前が魚をおろすのにも似た、目にも止まらぬ電光石火の早業だった。
あっ、と思わず手を伸ばしたH君、それはズボンを上げようとしたのか、
それとも露わになった太ももを隠そうとしたのか。だがサチヨ嬢はイヤイ
ヤをするような仕草で首を振り、H君の手を優しくどかしながら彼を舞台
上に寝かしつける。
すかさずBGMがむせび泣くような旋律に変わった。同時に二人を照ら
し出すスポットライトも赤く変わり、横たわったH君の蒼白な顔と生白い
足がピンク色に染まる。
サチヨ嬢はH君のパンツの上から馬乗りになると、自分を覆っていた
天女の羽衣を豪快に脱ぎ投げた。そして両手を天井に差し出し、空を
つかむような舞を踊り始めた。
自分の腰からエベレストのようにそびえ立ち、苦悶の表情で舞い踊る
全裸の彼女を見上げながら、H君は恐怖のあまり目をひんむき、パニッ
ク寸前の頭を必死にフル回転させて状況を把握しようと懸命に努めて
いた。
だがもう遅かった。その時すでに老獪な狩人は構えたライフルのスコー
プに若鹿の姿を捉え、後はいつ引き金を引くかという、そのタイミングだけ
を計っていたのだ。
パンツを脱がすなんて悠長なことはしなかった。天井をさまよっていた
サチヨ嬢の目が一瞬ギラリと瞬いたかと思うと、次の瞬間、宙を泳いでい
た彼女の右手は一気に獲物めがけて急降下、すばやくH君のパンツの
へりから中に飛び込み、勃起したおちんちんを引っ張り出すや(←結局
勃起してるんかい! )、それがさも自分の持ち物であるかのようにサッ
と股間に埋めてしまったのだ。その間0コンマ1秒かかったかどうか。
H君にとっては完全な不意打ちだった。
あっと思った時にはすでに自分の息子はサチヨ嬢の中に深々と埋まり、
その上では彼女が髪振り乱しながら「あああああ〜ん」という大げさな
アエギ声をあげて背中を弓なりにする演技を始めていたのだった。
しかもその演技の動きがあまりに激しく、H君は自然とサチヨ嬢の腰に
手を添えなければならないほどだった。
曲は歓喜のカンツォーネにまで昇りつめ、スポットライトが千々に乱れ
たH君の心そのままにぐるぐるとその色を変える。
文字通り舞台という海に浮かぶ船と化したH君と、その帆柱となった
サチヨ嬢は、そこに集う全ての人々の想いをはらんだ潮風をいっぱいに
受けながら、一気にめくるめく性の海原に進み始めた。
と、つながった二人がつながったまま、その場でゆっくりと回り始めた。
なんと彼らのいる場所は“回り舞台”になっていたのだ。
それはどの客席からでも舞台上の演技がよく見えるようにという演出だ
ったが、この時はまだ、客席にいた友人たちは二人が本番行為をしている
とは全く気づいていなかったのだという。それに気づいたのはサチヨ嬢の
促しで、H君が上になった時だった。
器用にもサチヨ嬢がH君をつなげたまま後ろに倒れ舞台に横たわると、
その脚の間にH君の腰があてがわれる形となった。サチヨ嬢の一方の手
はH君を逃がさないようその尻をしっかりと掴んでいる。だがH君はまった
く動かず、そのまま石像のように固まってしまっていた。
そこでサチヨ嬢はもう一方の手でH君の頭をぐっと自分の顔に引き寄
せるや、その耳に「恥をかかせないで。腰、動かして」とささやいた。
もはや何も聞こえていない耳でそのささやきを受け取ったH君は、同
じく何も見えていない目でサチヨ嬢とアイコンタクト。すぐにカク、カク、
カク、というビデオのコマ送りのようなぎこちなさで腰を押したり引いた
りし始めた。
それはパニックで頭の中が真っ白になった時、とりあえず手近な命令に
従うことで己を取り戻そうとする人間の本能とでも言うべき行動だった。
思考停止したH君の中では、とにかく何かをすることでこの場を取り繕
わなければという焦燥感も手伝って『腰を動かさなければならない』という
義務感だけが渦巻いており、その義務感が「彼女に恥をかかせないように
頑張らなくてはならない」という、悲壮感すら漂う使命感に変わるのに時間
はかからなかったのである。
もう乗りかかった船、というか、乗りかかったサチヨ嬢だった。
次々と耳元に聞こえてくるサチヨ教官の「もっと速く」「もっと強く」という
激励とも命令ともつかぬ言葉に、『イエッサー! 』と心の中で敬礼した
新兵は、できる限りの速さで腰を動かし始めた。
驚いたのは客席の友人たちだった。明らかに自発的なピストン運動を
始めた親友の姿に、いったい彼に何が起こったのかと、皆、あ然ぼー然。
一様に口をあんぐりと開けた痴呆のような表情で、定期的に目の前に現れ
るH君の尻の穴と揺れるタマ袋を凝視する他なかったという。
そうやってしばらくは電子レンジの中の冷凍食品さながらに回り続けた
二人であったが、物事すべてに永遠の命が与えられてはいないように、
この何かの宗教儀式のようなショーもその例外ではなかった。
緊張ゆえに中々イカない新兵に業を煮やしたのか、それとも本当に感心
していたのか、最終的にこの年齢差を越えた性のプライベートレッスンは、
再びH君に馬乗りになったサチヨ嬢の「あ、あんた、強い」という取って付
けたようなあえぎ声と、「イグぅ」という、これまた投げやりな絶頂声を合図
に、サチヨ嬢がH君の胸にガックリ倒れこむという演技をもってそのすべて
を終了したのであった。
こうしてH君は母親よりも年上の女性、いやそれどころか祖母のような
女性を相手に、しかも衆人環視の真っ只中、18年間の童貞に別れを告げ
ることとなった。
この後、劇場を出た彼らは何かから逃げるように再び居酒屋に駆け込み、
酒をあおるだけあおった。だがどれだけ飲もうとも全く酔うことができず、特
にH君は酒にも料理にも全く手をつけることなく、ビールジョッキを握った手
をテーブルの上に置いたままガクリと頭を垂れ、まったく微動だにしなかっ
たのだという。
そしてそのままの体勢で時々思い出したように、「舞台…」とか、「ああ
ああ」とか、言葉にならない片言の単語をブツブツとつぶやいていたのだ
という。 廃人であった。
おりしも大学入学という晴れやかな日。彼とて大学生活という新しい舞
台に立つことを誰よりも待ち望んでいたことと思う。だがその舞台に立つ
よりも先にストリップの舞台に立とうとは一体誰が想像できたであろうか。
S谷さんがストリップ観劇を言い出したとき、私がまず思い出したのは
このH君のことだった。
そういう『本当にあった怖い話』を聞いていたから、ストリップ観劇は
S谷さんにとっては「遊園地のアトラクションの一つ」くらいのことであ
っても、私にとってはお化け屋敷に勝るとも劣らない緊張感を伴うもの
だったのである。
が、そんなことをつらつらと考えているうちにも、S谷さんが窓口でチ
ケットを購入し、こちらに戻ってこようとしていた。その姿を見て私も腹
をくくらざるを得なかった。ええい、仕方がない。
そうだ、私はH君とは違う。私は昨日今日雪原に出てきた若鹿などで
はなく、それなりの修羅場をくぐり、人生経験を積んだ雄鹿なのだ。そう
だ! 何を臆することがある。そんなマナ板ショーなどキッパリと断って
くれるわ! ムハハハハ! と、誰にともなく高笑いした私は、2人分の
入場券を買って戻ってきたS谷さんとともに、意気揚々、「裸屋敷、何す
るものぞ! 」とばかり、劇場へと突入していったのであった。
40分後。
1頭のおびえきった若鹿が、客席の万雷の拍手鳴り響く中、ストリップ嬢
の待つ舞台へとゆっくり進んでいた。
そう。皆さんのご推察どおり、私は舞台から呼ばれてしまったのであるよ。
後編につづく