[2004/3/30]

ストリップ嬢と仙人(前編)

 

 

 
 「ストリップ嬢と仙人(前編)」


 私の先輩にS谷さんという人がいる。

 S谷さんについては前にも度々書いたことがある。“太った織田裕二”、
ドラえもんの“ジャイアン”、となりのトトロの“猫バス”、にそっくりな、
いじめっ子体質の大男だ。

 S谷さんはイベントが大好きだ。というよりもっと“くだけた”催し物というか、
特に“見世物小屋”然としたイベントが大のお気に入りなのだが、そんな
彼と行動していると、時々その余波に巻き込まれてとんでもない目に遭う
ことがある。今日はその話をしようと思う。


 今から5、6年ほど前のゴールデン・ウィーク、まだ東京勤務ではなか
ったS谷さんが東京に遊びに来た。

 S谷さんは苦しい生活をしている仙人に美味しい中華料理でもおごって
やろうと、横浜の中華街に繰り出そうと言い出した。むろん私に異論があ
るはずもなく、さっそく横浜へと向かった。

 ところがS谷さんはもちろん、私も横浜には全く土地鑑がなかった。
地下鉄だかバスだかを変な場所で降りてしまい、ココはどこ? みたいな
感じでキョロキョロ辺りを見回していると、風にバタバタとはためくたくさん
のノボリが目に飛び込んできた。

 大相撲巡業の時、会場の外に何十本ものノボリがはためいているシーン
をテレビなどでよく見かけるけど、まさにそんな感じだった。

 何やってるのかな? 興味を持った私たちはそこまで行ってみた。

 なんとストリップ劇場だった。

 建物は古い銭湯のような外観で、かなり年季が入っている。壁の一部が
ショーケースのようになっていて、その中にポスターなどが貼られていた。

 「仙人、ちょっとこっち来てみ。“洗練されたきらびやかな技で、めくるめく
夢の世界へ誘います(いざないます)”やって。どんな技なんやろな」

 出た。いつもの「見世物小屋的なモノをを見つけた時の典型的な反応」
が、S谷さんの全身からギンギンに表れていた。

 私は「単なる宣伝文句やと思いますよ。普通に裸踊りするだけなんじゃ
ないですか。それよりも早く中華街に行きましょうよ」と駅の方にきびすを
返したが、S谷さんは物珍しそうにポスターを熟読している。

 私は天を仰いだ。こうなると子供のような人だからテコでも動かなくなる。
S谷さんは別に女性の裸にことさら興味があるのではないことは分かって
いた。この大男はストリップに何かサーカスのようなものを期待している
のだ。

 私はショーケースに近づくと、「うわっ、S谷さん、入場料メッチャ高い
ですよ。6000円ですって。俺、そんな金ありませんよ。こりゃ中華街で
6000円分うまいもん食った方がマシですって。行きましょう」と、再度
うながしてみたが、S谷さんは、「6000円くらい俺がおごったるわ。なあ、
仙人、入ってみようや。なんかスゴイ芸とか見られそうやん。めっちゃ
ワクワクするわ」と、目をキラキラさせながら駄々をこね続けた。

 私はため息をついた。実を言うと私はストリップというものにあまり関
わりたくなかった。それは別に倫理的な理由とかそんなことではなくて、
ただ単に『あまりおもしろそうじゃないなあ』という、積極的な興味がそ
そられないことが大きな原因だったのだが、もう一つ、高校の時の友人
から、ある悲惨な話を聞いていたからだ。友人H君の悲劇(喜劇? )
だった。

 結論から言おう。なんとH君はストリップ劇場で童貞を失ってしまった
のだ。

 皆さんは「マナ板ショー」という言葉を知っているだろうか。それはスト
リップの舞台上でストリップ嬢と客が性行為をし、それを他の客が鑑賞す
ることを表した隠語である。もちろんそれは公然わいせつ罪や売春禁止
法が適用され、厳罰をもって処せられる違法行為だ。

 だが警察の目が届かない、もしくは警察が見て見ぬ振りをする“場末の
ストリップ劇場”では、しばしばその「マナ板本番ショー」が行われるらしい。

 H君が入ったのはまさにその“場末の劇場”だったのだ。

 その日はH君の大学の入学式だった。H君と友人たちは入学式を終える
と、初めての一人暮らしや大学生活への期待なども手伝い『さあー、まず
は入学記念にパアーっと飲むぜえー! 』てな感じで一気にハイテンショ
ンに昇りつめ、近くの繁華街に繰り出して大いに飲みまくったそうだ。

 そしてへべれけ状態で繁華街の外れを歩いていたところ、そのストリッ
プ劇場を見つけたのだった。

 H君たちはそれまでストリップ劇場というものに入ったことがなかった。
ストリップなどというものは、しょぼくれた中高年男が行くものというイ
メージがあったし、我々の世代は子供の頃からテレビやらビデオやら
雑誌やら、様々な媒体で女性の裸も氾濫していたしで、そこまでして
女性の裸が見たいとも思わなかったからである。

 だからこの時H君たちがその劇場に入ってみる気になったのも、完全に
酔った上での興味本位だった。

 中に入ってみると、そこは収容人員30名くらいの、まさに芝居小屋とも
呼ぶべき鄙びた雰囲気を醸し出しており、客も両手に余るほどの数しか
いなかったという。

 だがその数名の客は何かカタギではないオーラをまき散らしていて、H
君たちは急に場違いな所にいる心細さに襲われ、こそこそと隅の方に行く
と、カルガモのように身を寄せ合って座った。

 ショー自体は大したものでもなかった。踊り子さんたちは派手な化粧の
ために年齢がよく分からず、20代から30代、もしかしたら40代の人もいた
かもしれないが、いずれにしろダンスも投げやりな感じでうまいとも思え
なかったし、裸の見せ方にしても、ヌードグラビア以上でも以下でもない
何か中途半端な印象はぬぐえなかった。

 酔いもだんだん覚め始めて正気に戻ってきたH君たちは、ショーの中盤
あたりでは、そろそろ出るか、みたいな雰囲気になっていたのだという。

 その時である。集団でラインダンスを踊っていた踊り子さんたちが舞台
の袖に退くと、スピーカーから威勢のいいMCの声が流れた。

 「お待たせしました! 踊り踊って、早、ウン十年。当劇場の看板女優、
○○嬢の登場です! お客様、盛大な拍手でお出迎えくださぁーいっ」

 次の瞬間、H君たちは度肝を抜かれ、目を見張った。

 舞台の袖から登場したストリップ嬢は、ストリップ“嬢”ではなくストリップ
“婆”と呼ぶ方が近そうな、見た目50から60歳くらいの踊り子、もとい、
踊りお婆さんだったのだという。

 いや、というか、さっきも言ったようにストリップ嬢というのはそのメイク
のためか年齢がよく分からない人が多くて、その踊りお婆さんにしても
もっと若かったのもしれないらしいのだが、友人たちの話によると、その
踊り子さん、今で言うと野村沙知代(サッチー)に似ていたというから、
踊る方もチャレンジャーなら観る方もチャレンジャーだった。

 その踊り子さんを仮にサチヨ嬢とするが、彼女は民話に出てくるような
天女の羽衣のようなスケスケ衣装を身にまとい、どこの国の踊りともしら
ない創作ダンスのような舞を舞い始めたのだという。

 H君たちは目前で繰り広げられるその宴に、あらゆる意味において息を
呑んだそうだ。

 だがひとしきり舞い終わった後、サチヨ嬢は「あら、お兄さんたち静かに
なっちゃって」と、H君たちが息を呑んでいるのは女性の裸にムラムラして
口数が少なくなったのだと勘違いしたらしく、いや、もしかしたら勘違いした
演技をしたのかもしれないが、突然シナをつくって「じゃあ今日は、と、
く、べ、つ」と、何やらH君たちをじっとりと物色し始めたそうなのである。

 その妖気漂う絡みつくような視線に、H君たちは文字通りヘビににらま
れたカエル状態だったが、そこでサチヨ嬢から舞台に上がるよう指名を
受けたのがH君だった。

 なぜ彼が選ばれたのかは想像にまかせる他ない。ただH君はいわゆる
紅顔の美少年とまではいかなくとも、色白で目が大きく、たぶん遠目には
一番目立った顔立ちをしていたからだろうと思われた。

 もちろんH君は最初、「俺はいいよ、いいよ」などと、やんわりとした拒絶
を見せた。というよりH君も友人たちもこの時点では、彼女の言う「と、く、
べ、つ」というのが、何が特別なのかも、舞台上で何が行われるかも全く
見当がついていなかった。

 彼らがイメージできることと言えば、マジックショーなどでマジシャンが
観客を舞台に上げて協力させるみたいな、そういうあくまで自分に実害
の及ばない助手的なことをさせられるのかな、ということくらいだったのだ。

 といってもストリップ嬢の助手というのも、それはそれで全く絵が浮かばず、
何やら急に色めき立ち始めた他の客と、指名を逃れて安心しきった友人たち
からヤンヤとはやし立てられ、これ以上この場を白けさせるのもマズイかなと
思ったH君は、『まさか取って食われることまではあるまい』と、意を決して
舞台に上がったのだった。

 彼の運命の分かれ道であった。

 なにしろ相手は今まで多くの獲物をしとめてきた海千山千のスナイパー。
昨日今日雪原に出てきた若鹿が逃れられるような相手ではなかったのだ。


中編に続く

 

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つぎ

 

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