[2004/1/22]

PCが戻ってきました

 

 


 「PCが戻ってきました」


 皆さん、お久しぶりです。東京仙人です。

 前号から3ヵ月も経っているので、もう忘れてしまっている人もいると
思いますが。どうもすいません。m(__)m

 結局、臨時の修理は臨時でしかなく、11月初めにPCが完全に潰れて
しまい、本格的な修理へ出していました。素人には手に負えませんでした。

 で、一回戻ってきたのですが、これがぜんぜん直ってなくて、再修理。
最終的に戻ってきたのは12月中旬でした。

 しかしこうやって久しぶりに書いていると、なんだか文章が自分に対し
て他人行儀というか、古い知人とバッタリ会って、どう振舞っていいもの
か戸惑ってる感じでシックリきません。変な気分です。こりゃ、リハビリが
必要かも。

 ということでリハビリを兼ねてこの年末年始のことを書きましょう。

 私が帰省したのは暮れも押しせまった12月31日。それもかなり夜遅く
でした。ご存知のとおり、私は明日をも知れぬ派遣社員。首筋がいつも
冷えている身にとって、年末をゆっくり休むというような暴挙は許されま
せん。

 12月31日も朝までの仕事を終えると、実家に頼まれていた甘栗を買う
ためアメ横へ。徹夜明けの押しくらまんじゅうは地獄でしたな。

 新幹線に乗っても眠ってしまわないか心配でしたよ。新幹線で寝過ごす
と、『思えば遠くへ来たもんだ』になってしまいますから(笑)。

 というわけでグダグダに疲れきり、ようやく実家の玄関をくぐった私ですが、
その耳に最初に飛び込んできたのが、

 「あーっ! 」(←父の叫び)
 「あらま」 (←母の素っ頓狂な声)


 急いでキッチンに駆けつけてみると、2003年で最もムゴい光景が目に
飛び込んできました。

 そう、元横綱、曙の“ペシャンコになったカエル姿”です。

 大晦日の『ボブ・サップvs曙』。その瞬間だけ紅白の裏としては最高の
視聴率をあげたらしいですね。(しかしいつごろから“大晦日は格闘技”
になったんだろう)

 曙はこれ以上ないノックアウト姿というか、ノックアウト冥利に尽きる
ようなノックアウト姿でしたな。リングの上であれほどキレイなうつぶせ
で倒れていた人って生まれて初めて見ました。

 その後、母が氷川きよしを応援するため紅白にチャンネルを変えてしま
ったのでどうなったか分かりませんが、大丈夫だったのかな。

 そうそう、そういえば去年の夏、私の部屋のドアの前にものすごく巨大
なカエルが、でんっ、と座って私を見上げていて、強烈にビックリしたこと
があるんですが、曙に似ていたような。

 写真を撮っておいたので今日は特別に公開しましょう。今号は他にも色々
写真があるのでお楽しみに。

 東京ガエル→ http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/flog.html 

 しかし仮にもココは新宿から電車で8分ほどの場所ですよ。なんだか
田舎のカエルよりデカイ気がするんですが…。

 そんなこんなで2004年は慌しく明けました。

 皆さん、遅ればせながら明けましておめでとうございます。本年もよろ
しくお願いします m(__)m

 さて、ここ数年、仙人家での正月の恒例と言えば父の事件でしょう。

 このメルマガでも紹介しましたが、おととしの1月2日は一酸化炭素
中毒でぶっ倒れ、去年の1月2日は近くのスーパーマーケットで転んで
肩を骨折、全身麻酔による手術までしました。

 だからここ数年の仙人家では、1月2日は厄日も厄日、鬼門中の鬼門と
なっているのです。嫁いだ妹たちからも口酸っぱくメールが入りましたよ。

 「1月2日はお父さんを家から一歩も出さないで。絶、対、にっ! 」
 「1月2日はお父さんにお餅を食べさせたらダメ。たぶんノドに詰まら
せて死ぬから」などなど。

 だけど当の本人はどこ吹く風、ノド元過ぎれば何とやらです。今年は
このところ運動不足だから登山したいと言い出しました。

 山登り? めっそうもない。確実に転げ落ちるぞ。

 私をはじめ家族全員で反対したのですが、父は絶対に登ると言って
聞きません。

 しょうがないので翌1月3日、近くの山に私が監視役として付くことで
決着しました。

 目的の山は家から車で15分ほどの所にあります。ここは戦国時代、
織田信長の城があったところで、現在、その横にはなぜかリス園が
あって、小さい頃、リスどもの総攻撃をくらって泣いた覚えがあります。

 で、当日。山のふもとに車を駐めて登り始めたんですが、いやあ、想像
以上にキツかった。

 父はと言うと、肩で息している息子を尻目にスタスタと石段を登り、か
なりの健脚老人ぶりを発揮していました。

 しかし意外に登山者が多くて驚き。また目に付いたのが犬を連れて登っ
ている人。わんわんと、そこら中で鳴き声が響いてました。

 「仙人、この山には猿がおるんやないのか? 」
 「え、そうなん? なんで? 」
 「あんなに犬が吠えておかしくないか」
 「…」

 おとうさん、まさかそれは“犬猿の仲”ってやつから推測してるんじゃ
ないでしょうね? 

 そんな私の心の中の疑問に答えることもなく、父は大マジメな顔で木の
上を探してましたな。そう言えば今年はサル年でした。

 幻の猿を探すうちに山頂に到着。2時間弱。案外簡単に登れました。
それにしてもものすごい人です。展望レストランまであるぞ。それもその
はず。ここはロープウエイがあって、それで登ってくる人も多いのです。

 ロープウエイ→ http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/rope.html 

 おおー、さすがにここまで登ると見晴らしがいい。天候は悪かったけど
気持ち良かったです。3枚目の写真には高校時代に通学した道も見えます。

 http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/fuukei.html 

 そこからさらに高台にある城にも上りました。。

 http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/osiro.html 


 天守閣に上ると、雲も何だかとても近い。

 http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/tenshukaku.html 


 その後しばらく風景を眺めたり、戦国資料館で鎧などを見学して下山。
家へ帰る途中、「お前は体力が落ち過ぎや。ちょっともんでやろう」と、
父が趣味でやっている家庭菜園へ連行されました。

 そう言えば小学生の頃も毎週日曜日、首根っこを引っつかまれて強制
連行されましたねえ。友達と約束があっても強制キャンセルさせられ、
炎天下の中、一日中、鍬をふるわされましたよ。最悪な日々でした(笑)

 そんなことを思い出しながら「しかしオヤジもこの畑よく続いとるな」と
問うてみると、「俺は一から育てるっちゅうか、作るのが好きなんや。
出来合いのもんはいらん」と、せっせとネギを収穫していました。

 うーむ、そういうところはいくらか私にも受け継がれているのかもしれ
ません。このメルマガにしても同じようなものなのかも。

 私もしばし収穫を手伝いました。

 野菜畑→ http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/hatake.html 

 正月菜→ http://fox.zero.ad.jp/tokyosennin/shougatuna.html 

 ちなみにこの畑は、土地の所有者が老人ホームを建てるとかでこの春に
つぶすそうです。なんだか時勢を感じました。


 今年は1月4日に東京に戻ってきました。

 しかし年々思いますが、東京に戻ってくるとホッとするようになってき
ている自分がいます。新幹線の窓から東京タワーが見えると、「ああ、
帰ってきたあ」と心の底から安心します。

 今回、山の上から故郷を眺めてみたのですが、悲しいかな、土地カンが
完全になくなってました。なんていうんだろう、完璧に観光客の一人として
自分の故郷を眺めていましたね。

 かといって東京が故郷になったかというとそうでもなくて、ただ慣れた
というだけなんでしょう。人間は習慣の動物ですから。

 それに私の場合、小さい頃から引越し引越しの連続で、あまり故郷とい
う感覚を持つことも少なかったような気がします。今、故郷と呼んでいる、
実家がある場所も年足らず住んだだけですし。

 だからなのか、私はいつもどんな時もどんな場所にいても、自分はヨソ
者であるという意識がどこかにあって、そのことは私という人間を形作る
一つの強烈な要素になっていると思います。

 常に自分や相手、親を含めた周りの状況を病的なまでに客観視して、
すでに出来上がっている関係の中へ自分という人間をどうはめ込んで
いくのか、そこで自分はどういう人間として振舞えば丸く収まるのか、
どんな表情でどんな言動をすれば「彼らにとって都合が良い人間にな
れるのか」、というようなことを無意識のうちに習い性としていったとこ
ろがあります。

 はっきり言って健全なことじゃありませんね。だけど幼い頃はそういった
“自分の居場所を作るための作業”で、親や、ほぼ半年ごとに変わる外の
世界から身を守るのに精一杯だったんでしょう。

 よく思うのですが、人間というものを語る時、“自分の居場所”というのは
一つのキーワードなのだろうと思います。

 居場所というのは精神的な意味でも物理的な意味でもいいんですが、人
は皆、意識・無意識かかわらず大人だろうが子供だろうがそれを求めて悪
戦苦闘しているように見えます。

 でも、それが手段であるうちはまだしも、往々にして居場所を確保する
こと自体が目的になってしまいがちで、そうなると自分を見失い、苦しむ
結果になりやすいように思います。

 これはいつか書きたいと思っているのですが、自分がその場所にいても
いいという証拠を探すのはなるべくならしない方がいい。他の全てにおい
てもそうだけど、根拠や理由を求めているうちは決して幸せになれない気
がします。

 逆に、証拠を探すのを止めた人から順に幸せになっていく。これは私が
今まで曲がりなりにも生きてきた中での実感です。

 ちょっと話がずれてしまいました。すいません。これはいつか書きます。

 今年もまた、この東京からアホなことからマジメなことまで、ありとあら
ゆる四方山(よもやま)話を届けようと思っています。よろしくお願いしま
すね。

 ということで、2004年の始まりです。

 

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つぎ

 

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