[2002/11/20]

新郎仙人からの手紙

 



「新郎仙人からの手紙」

 20××年 ○月△日 大安

司会「えー、滞りなく進んでまいりました本日の祝宴、ただ今の新婦○○
   さんのご両親への感謝の手紙をもって、めでたくお開きとなるはず
   でしたが、新郎の東京仙人さんもぜひ自分の両親に感謝の気持ちを
   伝えたいとのことですので、皆様、今しばらく腰を落ち着けていてください」

 私は懐から手紙を取り出し、両親の前に進んだ。招待客が拍手で迎える。

司会「それでは東京仙人さん、ご両親への感謝の手紙、よろしくおねがい
   いたします」

 場内が暗くなり、私の父と母にスポットライトが当たる。どこからともなく
映画「フォレスト・ガンプ」のテーマ曲が流れてくる。

 私は静かに手紙を読み始めた。

『お父さん、お母さん。今日、私は結婚します。二人が結婚した時もこん
な気持ちだったのでしょうね。

 今、ここに立ってみてお父さんお母さんのことを考える時、二人にはど
んなに感謝してもしきれない気持ちで胸が一杯になります。

 お父さん。

 お父さんは本当にいろいろなことを私に教えてくれましたね。

 あれは私が小学校2年生の時。朝食にお母さんがアジの開きを出して
くれたことがありました。その時お父さんはこう言いました。

「仙人、アジの開きってどうやって出来るか教えたろか。アジって魚はな、
ある時期になると海の中からピョンピョン海岸に飛び出してきて、そこに
太陽の光が当たるとパカッて自動的に体が開くんや。魚屋さんはそれを
拾ってくるだけなんやで」

 お父さん、あなた嘘つきましたね。私はさっそくその日、学校で友達に
話して大恥をかきました。あ、でもたぶんそれは人の話を簡単に信じるな
という、お父さん独特の教育だったのですね。本当にありがとう。

 お父さんは私をいろいろな場所へ連れて行ってもくれました。秋になる
とよく栗拾いに連れて行ってくれましたよね。

 朝の4時に「うらぁ〜! 仙人! お〜きぃ〜ろぉ〜! 」と、私のえり首
をつかんで布団から引きずり出し、裏山に連行して行くその様は起こすと
いうより寝込みを襲うといった感じで、まるで山賊のようでした。

でも栗のイガを器用に足で押さえて、中身を取り出すお父さんにはとても
感動しました。だけどその栗を生で食えと言ったお父さんにはとても失望
しました。

 「俺の子供の頃は戦争中で何も食べるものがなかったんやぞ。みんな生
で食うたもんや。仙人、お前らはぜいたく過ぎる! 栗くらい生で食えんで
どうする。栗を生で食えん奴は社会に出たって立派に生きていかれへんのや! 
さあ、食べてみろっ! 」

 しょうがないから渋皮ごとガリガリ食べたけど、その日学校で下痢をして
みんなにイジメられたんですよ。

それにほとんどの人は栗を生で食べていないけど、社会で立派に生きて
いると思います。というか、栗を生で食べさせられた私は、社会であまり
立派に生きていません。

 今でもあの生栗の石鹸のような味はよく覚えています。ほ・ん・と・うに、
ありがとう。

 それからお父さんは、最後まであきらめないという姿勢を私に教えてく
れました。

 小学6年生の正月、親戚の家に行った時、近くの神社で“餅まき大会”
が開かれていたことを覚えていますか。お父さんはまるで子供に返った
ように大喜びでお餅を拾っていました。

 だけど地面に転がったお餅をつかんだ時、お父さんは手を踏まれて指を
2本骨折してしまいましたよね。それでもお父さんは最後までお餅を離そう
としませんでした。というか、離さないから骨折したんですよね。ていうか、
早く離せよ。

 それから毎正月、親戚中で大笑いされる語り草となってしまいました。

親戚のおばさんの「そんなにお餅が好きなら、ウチの鏡モチ持ってくぅ〜?
キャハハハー」という冗談が今でも耳について離れません。私もお母さん
も妹たちも、顔を真っ赤にしてうつむいていました。でもお父さんの最後
まであきらめない姿勢、モノを大切にする心、とても尊敬しています。

 そうそう、K高校への入試の朝、お父さんに車で送ってもらって大遅刻
しましたよね。さいあ、いや、いい思い出です。

 念には念を入れて早目に家を出たいと言った私に、お父さんは「K高校
なら30分で着く。俺にまかせとけ」って大見得を切っていたけど、普段、
電車通勤のお父さんは通勤ラッシュのことをすっかり忘れていて、結局1
時間以上かかってしまいましたよね。

 「何でこんなに車が混んでるんやっ! 」ってクラクションを鳴らしまくる
お父さんをなだめようと、私は必死でした。

 「お父さん、こうなったら焦ってもしょうがないよ。こういうのは後から
考えたら笑い話になるはずやから。まあ、イイ経験してると思うことに
するわ」

 「ドアホっ! なにノンビリしたこと言うとるんやっ。入試に遅刻は絶対
アカンねんっ。受験失敗したら、一生台無しやぞ! 」

 お父さん、それが入試を控えて誰よりも緊張しながらも、そしてお父さんの
大失態にいら立ちながらも、その気持ちを必死に押さえて父親をなだめようと
している息子に言う言葉ですか?!

 そしてパニックになったお父さんは急にハンドルを切って歩道を走り始め
ましたよね。

 「お父さん、警察が来るよ! 」

 「警察? おお! ちょうどエエ! 仙人、パトカーが来たらそれでK高校
まで連れてってもらえ」

 私はお父さんが冷静さを失ってるのか、妙に冷静なのか良く分かりませ
んでした。

 で、K高校に着いた時、私が到着しないので大騒ぎになっていた中学の
先生の前で、お父さんは余裕をかました表情で私に言いましたよね。

 「仙人、焦ってもしょうがないぞ。こういうのは後から考えたら笑い話に
なるんや。まあ、イイ経験してると思って、落ち着いて試験を受けろ」

 アンタ、それ、ワシが言うたそのままやんか!

 思い出したらだんだん腹が立ってきました。

 でもお父さん、もう水に流しましょう。とにかく歩道を走るのはあれっ
きりにして下さいね。まだまだお父さんには長生きをしてほしいのです。

 だってお父さんには聞きたいこと、教えてほしいことがまだたくさんあ
るんですから。

 例えば阪神大震災の時、お父さんは言いました。

 「地震には気をつけろよ」

 お父さん、食中毒じゃあるまいし、どうやって気をつけるんですか。教えて
ください。

 「すぐに逃げろよ」って、そりゃ、逃げますよ。

 「でも逃げたらイカン。机の下でジッとしとけ」って、結局どっちやねんっ! 

 あ、ごめんなさい。ついつい興奮してしまいました。

 とにかく、他にも教えてほしいことは山ほどありますが、今日はこれく
らいにしておきますね。

 それから、いつだったか文化の日に東京に来てくれたことがありました
よね。観光と言いつつ私の病気の見舞いに来てくれました。あの時はとて
も嬉しかったんですよ。

 でもこれからは、国会議事堂前で警察車両をガンガン叩くようなマネは
やめてくださいね。逮捕されてしまいます。

 休憩に入ったコーヒーショップでは、私の真似をしてカフェ・ラテを頼
みましたよね。そこでお父さんはウエイトレスのおネエちゃんに「なんや
コレ、アワだらけやないか。ちゃんとカップ洗ってるんか」って文句つけ
てましたが、カフェ・ラテというのは、ああいうクリーミィな泡が乗って
るものなんです。

 あの時、私もお母さんも、お父さんのことを殺そうかと思ったんですよ。

 なんだかお父さんのことばかり話してしまいました。お母さんにも感謝
の言葉があるんですが、時間がなくなってしまいました。

 お母さんへの感謝は、またこの次、再婚する時にでも。
と、それは冗談ですが。

 お父さん、お母さん。こんな私に、いや、こんな私を育ててくれてあり
がとう。いつまでも元気でいてくださいね。東京仙人より。かしこ』

 ひときわ大きくなった「フォレスト・ガンプ」と、目頭を押さえた招待客の
拍手の中、私の妻が私の両親に花束を手渡す。拍手がさらに大きくなり、
BGMがピークを迎えた。

 そして一瞬の暗転の後、場内が明るくなった。

 父と私が花束で殴り合っていた。


☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

私の後輩が映画会社に勤めているのですが、彼が「オーロラの彼方へ」と
いう映画を薦めてくれました。時を超えた父子愛を描いたとてもイイ映画
でした。

また同じく彼が、今月の映画の日に「ロード・トゥ・パーティション」と
いうトム・ハンクス主演の映画を薦めてくれ、これも父と息子をテーマに
したイイ雰囲気の映画でした。

何だかあの週は妙に父親づいてましたね。

 

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