「私たちは正直者ですか」
ニュースショーなどでキャスターがよく使う言葉がある。
「正直者がバカを見ない社会になってほしいものですねえ」
「マジメにやっている者が報われる世の中になってほしいものですねえ」
実は私、この言葉があまり好きではない。というよりむしろ大嫌いなの
であるよ。
ちょっと意外に思われるかもしれない。
もちろん、だからと言って「みんな、ウソをつこうぜ、不真面目になろ
うぜ」と言っているのではないよ。
私がなぜこの言葉を嫌いなのか。それは次のように思ってるからだ。
マジメにやるのは当たり前で大前提である。だけど報われるか報われな
いかは誰にも分からない。
同じように正直にやるのは当たり前なのである。でもそれでもバカを見て
しまうことだってあるのであるよ。
つまり、何が言いたいかというと、「こうすれば必ずこうなる」という世界は
この世に存在しないということだ。あるとすればそれは異常な世界である。
例えばストーカーという異常な世界を例にとると、
俺はこんなに彼女のことをマジメに想ってる。こんなに真剣に愛してる。
それなのに何で彼女は俺のことを想い返してくれないんだ。こんなにも真
摯にマジメに正直に想ってるのに何で報われないんだ。
これ、やっぱりおかしいでしょ。
だって、マジメに想う、真剣に愛するのは当たり前で、でもだからと言
って、彼女が想い返してくれるとは限らない。彼女には彼女の都合がある
んだから。
冒頭の言葉に当てはめてみると「彼女のことをマジメに想えば、必ず彼女
も想い返してくれて、恋が必ず報われる社会が来てほしいものですねえ」
ストーカー、大氾濫である(笑)。
そんな都合のいい社会は未来永劫やって来ない。ちょっと考えればそれ
がいかに幼稚な考え方か分かる。実際ストーカーは幼稚だし。
マジメに真剣に彼女のことを思う。それで両想いになる人もいる。一方、
恋が実らない人もいる。当たり前だがその両方なのだ。
同じようにマジメに頑張る。それでバカを見ないこともある。一方、バカ
を見てしまうこともある。その両方なのである。
冒頭の言葉は裏を返せば「正直者でありさえすればバカを見ない社会」
を望んでいるも同じだ。それはいかにも幼稚な望みだと思う。
よく思うのだけど、私たちは知らず知らずのうちに、
「こうすれば必ずこうなる」という“保障”、または、報われる“保障”
みたいなものを求め過ぎているような気がする。
こうすれば必ず成功ですよ。こうすれば必ず安定した生活ができますよ。
こうすれば必ず幸せになれますよ。こうすれば必ず報われますよ。こうす
ればバカを見ませんよ。
うーむ、詐欺の世界でよく連発される文句だ。みなさんだってそんなこ
と言われたら、ムムム、怪しいぞって思うでしょ。そんな保障は絶対あり
得ない。
私たちは報われようが報われまいが、正直であろうと努力すべきだし、
マジメに頑張るべきであって、報われるか報われないかの判定はマジメ
に正直に頑張ったその上で、神様が決めることなのだ。
正直者「だから」バカを見るのではない。正直者「だって」バカを見る
のである。
私たち大人はその事を知った上で、そして覚悟した上でマジメに正直に
頑張らねばならないのだ。
それに冒頭の言葉というのは、例えば汚職なんかで大もうけした政治家
が、逮捕されることもなくのうのうと生きている時によく使われたりすると
思うんだけど、でもそれは私たちが正直者でバカを見たことと何の因果関係
もないと思わないだろうか。
汚職政治家や不正な手段で大もうけしている奴は確かに悪い。逮捕され
て然るべきだと思う。だけどそのことと私がバカを見て失敗することとは何の
関係もない。
冒頭の言葉が嫌だと思うのは、本質を見ることなく、しばしば被害者意識
を増幅してしまう恐れがあるところもそうなのだ。
正直者だからバカを見たんじゃない。バカを見た原因は他にある。本人も
本当は分かってるはずだ。
それなのにバカを見た原因を正直とかマジメにおっかぶせてしまおうと
するのは、やはり違うと思う。
そして冒頭の言葉を言っている時、その人は自分がマジメで正直者で
あることを100パーセント信じて疑っていないふしがある。
「こんなに私は正直者なのに」「こんなに私はマジメなのに」
だけど私で言うなら、今まで自分にも他人にも「いつも」正直であった
ためしがない。気づかないだけで私は毎日何がしかの嘘を自分にも他人
にもついている。
イヤなことをイヤと言えずに嘘をついてばかりだし、自分を守るために
後から考えたらみっともない言い訳をすることだってあるし、ホントは妬
んでるのに平気そうな顔をすることもあるし、何とかウマイことやりたい
なあと思うことはしょっちゅうだし。
とてもじゃないが、わたしゃあ、正直者だとかマジメ者だとか表明する
自信はありません。
でも逆に自分はいつだって正義、正直者、完全無欠、と思ってる人間
ほど厄介なものもない。
「官僚は間違ったことをしない」
これが官僚主義の本質だが、これが人間としてどれほど異常なことか。
気味が悪い。
これは「こうすれば必ずこうなるはずである」という幼稚な世界観だと
思う。
今までも時々書いたと思うけど、私たち人間は適度に正直で適度にウソ
つきで、適度に優しく適度に冷たく、正義を行うその同じ手で卑怯なことも
してしまう、実にあやふやで混沌とした生き物なのだ。
そしてドロドロとしたものを抱えながらも、でもそれ故に時には自分も
他人も救ってあげられるとても清廉で優しい愚かで賢い生き物なのだ。
だから私は自分の失敗と何の関係もないのに「都合のいい時だけ」正直
やマジメの部分をアピールして自分を被害者にしたくないと思う。
もちろん私だって本当に苦しくて苦しくてしょうがない時、ついついそれを
やってしまいがちになることはある。だけどそれをすれば負けだ。
私たちは決して被害者ではないし、また、自らを被害者にしてもいけない
のである。
☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆
最近涼しいですねえ。体調とか崩さないように気をつけて下さいね。
私は今日、腹丸出しで寝てたもので思いっきり壊してしまいました。
トイレと部屋との往復です。トホホ。