[2002/6/5]

偽タケノコと愛人の子供のお守り (最終回)

 



「偽タケノコと愛人の子供のお守り (最終回)」

 京竹から5分ほどの所にあるスーパーマーケットでタクシーは止まった。

 そのままタクシーを待たせ、私は愛ちゃんの手を引いて店に突入した。
だが進む速度があまりに違いすぎてすぐに愛ちゃんをオンブする。

 「すいませんっ。タ、タケノコはどこですかっ! 」

 店員は、幼女を背負ったこの汗だく男を、“目を合わせてはいけない人”
と直ちに断定したようで、刺激しないよう努めて冷静を装いながら売り場
へ案内してくれた。

 あった!
 京竹のとはちょっと色、形が違うけど間違いなくタケノコだ!

 さっそく私と愛ちゃんは手分けしてタケノコを取り出し始めたが、さすがに
10本は多すぎた。私はすぐ入り口に戻り、カートを一台引き出すやそれに
愛ちゃんを乗せ、猛スピードで売り場へ疾走した。

 子連れ狼であった。

 「京竹へ戻ってくださいッ」

 走り出したタクシーの中、私は愛ちゃんの手を取ると、「愛ちゃん、お
にいちゃんがタケノコ買ったことはぜ〜ったい内緒やで。パパにも誰にも
言ったらあかんで」と指きりした。

 京竹に戻ってからはまさに戦争だった。

 旦那様が戻るまでもう時間がない。私は親の仇のようにタケノコに切り
かかった。作業が雑になり明らかに人為的な切り込みとなってしまったが、
そんなことに構う余裕はなかった。

 とにかく竹カゴに入れてヒモで縛ってしまいさえすれば旦那様にバレる
ことはないのだ。その後のことは知らん! ほとんど雪印や偽装牛肉の
世界であった。

 「ちわーっす、毎度お世話です。クロネコでーっす」

 クロネコヤマトがいつもより早く来た。まだ商品は3分の2くらいし
か出来上がっていなかったが、旦那様がいないと知ったクロネコは、

 「分かる分かる、あの旦那様がいないんじゃな」と、私に妙な親近感を
抱いたようで偽タケノコ作業を手伝ってくれた。

 タケノコの秘密を知ったクロネコはさすがに驚いていたが、それも私へ
のさらなる同情と親近感を倍増させる役割を果たしたようだ。

 そしてクロネコが早く来たというこの奇跡がさらなる奇跡を呼び、旦那様は
定刻よりだいぶ遅れて戻ってきた。それは最後の一包みを作り終わるや否や
というきわどいタイミングだった。

 「おっ、クロネコ、来とるな」
 「はっ、毎度お世話になっておりますっ」

 旦那様は「パパーっ」と胸に飛び込んできた愛ちゃんを抱き、そのまま
縁側に座ると、

 「愛ちゃん、今度、動物園へペリカン見に行くか?」
 「うんっ、行くっ」
 「旦那様ぁ、ほんま勘弁して下さいよ。お嬢ちゃん、今度おじちゃんと
 一緒に動物園にクロネコ見に行こうね」

 動物園にクロネコがいるかどうかは別として(笑)、毎日繰り広げられる
旦那様とクロネコのコラボレーションは、もはや様式美の域に達している
感さえあった。

 クロネコもけっこう快感を覚えてきているのかもしれない(笑)。

 「仙人、留守中、何かなかったか?」
 突然、硬質な旦那様の声が降りかかってきた。

 私は動揺を皮の下一枚に留めながら「はい、特に何もありませんでした」
と答えたが、その時ふと愛ちゃんと目が合った、

 彼女は旦那様の膝の上でイタズラっ子のような目をすると、人差し指を
口に当て『ナ・イ・ショ』と、口まねをした。

 脇の下をヒヤリと汗で濡らした私であったが、彼女のその得意げな表情
は、まるで駆け引きを楽しんでいる大人の女性を彷彿とさせるものがあっ
た。

 女性という性が持つ、精神性の早熟ぶりを一瞬垣間見たような気がした。

 しかし完璧な母親似なのだろう。初めて見たときからホントに旦那様と
血が繋がってるのかな?と思ったりもしていたが、

 「仙人、ご苦労やったな。キッチンでコーヒーでも飲んできなさい」と
いう旦那様の声でそんな下種(げす)の勘ぐりも霧散すると、キッチンへ
行ったものの一気に疲れに襲われテーブルに突っ伏した私は、しばらくそ
のまま体を動かすことができなかった。

 こうして綱を渡りに渡った奇跡の一日は終わった。

 が、翌日からも緊張の日々は続いた。愛ちゃんは指きりげんまんが初め
てだったらしくとても気に入ったようで、だれかれとなく指きりげんまんの唄
をせがんでいた。

私は旦那様の「愛ちゃん、指きりげんまん、教えてもらって良かったねえ。
お兄ちゃんと何お約束したの?」という声が聞こえるたび、心臓をビクン
っと跳ねつかせ、愛ちゃんがいつ真相を話してしまうのかと生きた心地が
しなかった。

 あと1週間ちょっとでこのバイトも終わる。そろそろ私の後釜を見つけな
ければならなかった。後任を紹介できなければ給料棒引きという、例の
恐ろしい掟もあった。

 そんな3月も終わりになろうかというこの日、私は久しぶりに朝から
ウキウキ気分だった。当時付き合っていた恋人と久しぶりに会えること
になっていたからだ。

 彼女はこの4月から就職で、1週間ほど入社前の研修で東京に行ってお
り、今日、京都に来ることになっていた。

 春休みの間、彼女は部屋を引き払ったり実家に戻っていたり、私はサー
クルと京竹でけっこう忙しく、二人はなかなか会えないことからちょっと
ギクシャクしていて、その意味でもとても重要な日だったのだ。

 が、京竹での最後の悪夢が口を開いていた。

 なぜかこの日に限って、仕事終了後の例の旦那様の説法がなかなか終わ
らないのだ。5時を過ぎ、5時10分、5時20分…。

 旦那様の詐欺話など全く耳に入らず、横目でチラチラと時計ばかり見て
いた私は、彼女との待ち合わせ時刻まであと10分というところでたまらず
言った。

 「あの、旦那様。まことに申し訳ありませんが、ちょっと人と会う約束が
ありまして…」

 笑顔でしゃべっていた旦那様が急に真顔になり黙り込んだ。顔色がすぅ
〜っと白くなる。そして土川さんの方を向くと、恐ろしいほど静かな口調で、
「土川。どういうことや?」

 すでに死人のような顔色になっている土川さんは、「仙人、俺、そんな
話聞いてへんよな? そんなことお前、朝、言うてへんかったよな? 」

 用事がある時は朝一番に土川さんの耳に入れるという決まりであったが、
それは早退する場合と理解していた私は「はい。でも、」と言いかけた。

 「どういうことやと聞いとるんやあーっ!!」

 旦那様のものすごい落雷だった。バイトし始めて以来、最大級だったと
思う。旦那様は一気に怒りを解き放ち、生ける避雷針と化した私と土川さ
んは、それから20分以上イナズマを浴び続けた。

 だがさすがに今日はイライラが募っていた私も、売り言葉と買い言葉を
キッカケに逆ギレしてしまい、旦那様と口論になった。

 そして二人の間でオロオロしていた土川さんもとうとう精神を錯乱させ、
「仙人っ!旦那様に謝れえーぃっ!」と素っ頓狂な裏声を出して私を組み
伏しにかかってきた(笑)。

 大の男3人が仁王立ちになり、一気にキッチンに殺気がみなぎった。
その時だった。

 「おにいちゃん、おしっこ…」

 2階で昼寝をしていた愛ちゃんが目をこすりながら起き出していた。

 その瞬間、大の男三人から風船がしぼむように殺気が抜け、私たちは
借りてきた3匹の子猫のようになった。

 私が愛ちゃんをトイレに連れて行き、戻ってきた時、旦那様の瞳からは
先刻の怒りがすっかり消えていた。

 「仙人、今日はもうエエ。帰りなさい。だけど報告は大事やで」
 「はっ、申し訳ありませんでしたっ。以後気を付けますっ」

 『助かった。愛ちゃん、ありがとう』

 私は自分の荷物が置いてある奥の部屋に行きすばやく帰り支度をすると、
土川さんへの挨拶もそこそこに外に飛び出した。
 その時のキッチンに、なぜか旦那様と愛ちゃんの姿がないことに気づく
余裕などあるはずもなかった。

 車庫に飛び込んだ。 が、 『 !? 誰かいる! 』

 満面の笑みをたたえた旦那様が立っていた。そしてその手にはペンチが…。
 
 
えっ??

 さらにもう一人。モミジのような可愛らしい手にレンチとドライバーを
握った愛ちゃん。

 ま、まさか…。

 そう
、そのまさかであった。

 二人はサッとバイクに取り付きエンジンを分解する真似を始め、すぐに
二人とも同じタイミングで私を見た。

 『さあ、仙人、かかってきなさい』
 『おにいちゃん、早く早く』

 目をキラキラさせて私を待ちわびる二人の笑顔は、まぎれもなく血を分
けた親子のそれであった。

 やはり血は繋がっていたのだ。

 この時、もし旦那様だけだったら私は再度キレていただろう。だが父親
の横で無垢な笑顔を咲かせる愛ちゃんを見てしまえば…。

 ええい、しゃあない! 腹をくくった私は、あらためてこみ上げてきた
「血は水よりも濃し」の思いを一息に飲み下すと、「愛ちゃ〜ん、おにい
ちゃん、とぉ〜っても困っちゃったなあ〜」の猫なで声を泣き笑いの顔に
重ねて、一気にSM茶番劇の舞台へ身を躍らせた。

 10分後。

 いつもの倍ほどの時間を費やした寸劇からようやく解放された私は一路、
彼女との待ち合わせ場所、四条阪急前へバイクを駆っていた。

 待ち合わせの時刻からすでに1時間以上。

 ヘルメットの中で「こりゃ、ヤバイでえー!こりゃ、ヤバイでえー!」の声を
反響させているM男は、しゃにむにありとあらゆる神に祈っていた。

 だが祈りむなしく阪急前に彼女の姿はなかった (T▽T)

 実はバイトの契約延長を京竹から打診されていた私であったが、この夜、
春の星またたく京の夜空に向かって固く誓った。
 グッバイ、京竹、アディオス、京竹、さよなら、京竹!

 1週間後。サークルの2コ上の先輩の部屋で、身振り手振り大熱弁をふ
るう仙人の姿があった。

 「いや、ほんっとに良いバイトなんですよ! コーヒー飲み放題やし昼
メシ代も出るし、けっこう休憩時間とか多いし」

 その姿、そのセリフはまさに、1ヶ月前のY沢君そのものであった(笑)。

 そしてあまりにおいし過ぎるバイト話にあからさまな猜疑の目を向けて
いる先輩も、やはり1ヶ月前の私の姿そのままなのであった。

 私は罪悪感に胸痛めながらも平静を装い、言葉を継いだ。

 「あ、ただ一つね、気を付けてもらいたいことがあるんですよ。いえ、
ぜんっぜんっ大したことじゃないんですよ。そこの社長さんね、ちょっと
礼儀にね…、いえ、でも普通に敬語使ってれば何の問題もないですから。
ぜんっぜんっオッケーです。ハハハハハ」

 今では忘れてしまったが、その日の京都の空は1ヶ月前と同じく厚い
雲に覆われていたことだろう。

 そしてそのどんよりとした曇り空は、結局私の後を引き継ぐことになる
先輩の心の内をきっちりと引き移したものでもあるはずだった。


 おわり

☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

気が付けば1ヶ月にわたってこの話を書いてきましたね。
京竹でバイトしてたのが1ヶ月間だったので、ちょうど時系列に書いた
感じでしょうか。

でもさすがに私もタケノコで満腹です(笑)

 

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つぎ

 

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