[2002/5/23]

お姫さま、お姫さま、7番レーンへ

 



「お姫さま、お姫さま、7番レーンへ」

 皆さんはお姫様と呼ばれたことがありますか?

 いや、正確に言うと呼ばせたことがありますか。今回は今思い出しても
笑える、学生から社会人まで続いた訳が分からない遊びを紹介しよう。

 始まりは大学3年のちょうど今ごろ、サークル内でなぜかボーリング
がマイブームになったことだった。

 何がキッカケだったか忘れてしまったが、連日狂ったように、あの重い
ボールを200球300球と投げ込んでいたのだから、我ながらというか、皆、
スゴイ肩をしていたと思う。何であんなに毎日投げ込んでいたんだか(笑)。

 ボーリング場はいつもそれなりに混んでいて、10分とか20分の待ち時間
は当たり前であった。そういう時は最初にカウンターで代表者が名前を書い
て、レーンが空けば場内アナウンスで呼び出しがかかる。

 「お待たせしました。仙人さまぁ、仙人さまぁ、1番レーンへどうぞ」

 これが普通の流れだ。だが私たちはいつごろからか、カウンターで名前を
書く時に一工夫するようになった。「〜様」と呼ばれることは分かっているので、
それを考えて名前を書くのだ。

 例えば名前欄に「お姫」と書く。するとカウンターの女性は次のように
呼び出しをかけざるを得なくなる。

 「お姫さま、お姫さま、7番レーンへお願いいたします」

 しかもそれがとても生真面目な口調なので、アナウンスが流れた途端、
場内にはざわめきやどよめき、笑い声が起こり、仕掛けた私たちももちろ
ん大爆笑だ。

 私たちは色々な名前で自分たちを呼ばせることに熱中し始めた。

 「お、王子さま、王子さま、3番レーンへお願いいたします」
 「えー、大仏様、大仏様、2番レーンへ…」

 カウンター嬢が恥ずかしげに吹き込むそのアナウンスに、私たちは腹を
抱えて笑った。

 ただ、この時のボーリングマイブームは1,2ヶ月で終わってしまい、それと
ともにこの遊びもあっさりと終息することとなった。

 そして実を言うと、この遊びが本格的にブレークするのは東京で社会人に
なってからなのである。

 会社帰りに同僚たちとしたたかに飲んで酔っ払い、するつもりもないのに
勢いで目に付いたボーリング場に入ってしまったある夜、私は突然その遊び
を思い出した。

 「ご、ご主人さまぁ、ご主人さまぁ、5番レーンへお願いします」

 戸惑い気味の女性のアナウンスが大音量で場内に響いた。

 いやあ、免疫のない同僚たちはウケたねえ。彼らはこんな遊びがあった
のかと新鮮な喜びに打ち震え、お姫さま遊びは一気に東京で開花した。

 「お父さまぁ、お父さまぁ、4番レーンへ…」「お妃さま、お妃さま、2
番レーンへお願いします」

 そうやって色々出す中でもけっこう笑えたのが「お客さま、お客さま、
1番レーンへ…」だった。そりゃ確かにお客さまだよ(笑)。

 東京には京都と比較にならないほどの数のボーリング場があり、また深
夜終日営業も多かった。なので我々は名前を呼んでもらいたいためだけに
一晩で何軒もボーリング場をハシゴすることも平気でやり始めるようになった。

 正真正銘、打てば響くような大バカ者たちであった。

 元来凝り性な私は「エンドレス・サマー(永遠の夏)」なんていうのも
思いついた。

 「様」と「summer」を掛けたこの思いつきは結構イケルと踏んでいた
のだが、カウンター嬢には普通に「エンドレス様、エンドレス様、8番レ
ーンへ」と呼ばれてしまい、ただ単に訳が分からないアナウンスで終わっ
てしまった(笑)。策士が策に溺れた典型であった。

 そうしてあらかた単語が出尽くしてしまうと、今度は文章が登場した。

 「白馬に乗った王子さまー、白馬に乗った王子さまー、12番レーンへ
お願いします」

 こうなるともう歯止めが効かなかった。文章なんていくらでもバリエー
ションが作れるからだ。

 最初の頃の「とっても愛しい女神さまー、10番レーンヘ」などはまだ
マシな方で、「願いを叶えてお星様」や「じっと動かずお地蔵さま」、また
私にしか分からない「礼儀に厳しい旦那様」やその別バージョン「それは
勘弁、旦那様」、さらには「側室いっぱい将軍様」など、続々とパンチの
効いたフレーズが飛び出すようになる頃には、我々全員あきらかに正気で
はなくなっていた。

 とにかく皆、1次会の飲み屋でベロンベロンに酔っ払い、右も左も分からな
い状態でボーリング場に乗り込むため、自制心や羞恥心が微塵に吹っ飛ん
でいるのだ。

 誰が出したか、
 「いい国作ろう鎌倉幕府さま、いい国作ろう鎌倉幕府さま、」なんて
もはや人の名前ですらなかった(笑)。

 だがそんなデタラメは長くは続かなかった。

 友達が逗子マリーナの近くに住んでいて、そこのボーリング場に行った
時だったと思う。

 私はいつか使ってやろうと思っていた隠し玉を書いた。

 10分後。カウンターの女性が明らかに戸惑っているのが分かる。

 だが、呼ばないわけにいかない彼女は意を決したようにマイクに口を近
づけた。

 「さ、三角木馬に乗った女王様、三角木馬に乗った女王様、7番レーン
へお願いします」

 さすがに逗子マリーナが揺れたな。

 そこら中でざわめきが起こる。

 「やたっ、ウケたウケたっ」

 私は誇らしげに胸を張り、勝利の余韻に浸りながらシートを受け取りに
カウンターへ行った。だがイイ気分はそこまでだった。

 「ふざけるのはやめて下さいっ。こんなことして何がおもしろいんです
か!」カウンターの女性が鬼夜叉となっていた。

 またいつのまに現れたのか、現場マネージャーとおぼしき男性も、
「申し訳ありせんがこういうことをされますと、次回からはご遠慮しても
らうことになりますので」と、口調は丁寧だが明らかに目の奥を怒りで
滲ませながら警告した。

 当たり前といえば当たり前であった。名前欄というのは名前を書くため
にあるのだ。三角木馬とか鎌倉幕府とか書くためのものじゃない(笑)。

 調子に乗りすぎて限度を越えてしまっていた私たちは、そんなことさえ
忘れていた。今まで怒られなかったほうが不思議なくらいなのだ。

そして女性が本気で怒った時の顔ほど迫力があるものはなく、まるで水を
ぶっかけられシッポを股の間に丸め込んだ犬のようになってしまった私は、
その後のゲームに全く集中できずガーターを連発、散々な成績となった。

 それ以来、ボーリングなんて全然していないのだけど、この遊び、皆さん
も気に入った人がいれば遊んでみてください。

 ただあくまで自己責任でお願いします。ボーリング場に怒られても、わ
たしゃ、責任取れません。いや、ホントに。というか絶対怒られます(笑)。

 

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