「偽タケノコと愛人の子供のお守り (その2)」
春。京都のある地域で採れるタケノコがある。
そのタケノコは知る人ぞ知る逸品で、ふだん庶民が口にすることもない
高級な品とされている。
京竹の春の商品はそのタケノコをメインにしたものだ。
タケノコの皮を敷いた竹かごに、有名な竹林で朝一番に掘リ起こしてきた
高級タケノコ(早掘りタケノコと呼ぶ)と京都名物の魚“グジ”、そしてタカの
爪(唐辛子)を入れて、竹ヒモで結ぶ。
そこへ簡単なレシピと、『私どもが丹精こめて掘りおこしてまいりました
“早掘りタケノコ”、どうぞ心ゆくまでご堪能くださいetc…』という墨で
したためたお品書きを、まるで鑑定書のように添えると高級お土産の一丁
できあがりである。
なるほど素朴な味わいの中にも高貴な香り漂う、言わば控えめな高級感
にあふれたそんな品は京都のどんな店でも扱っておらず、料亭での接待、
またはゴルフ接待などの最後に、お土産として持たされれば好印象間違い
なしの一品であった。
事実、名だたる企業のお偉方の間でも中々の評判らしく、京竹はまさに
わが世の春を謳歌していた。
が、それはニセモノによる謳歌だった。
初日。その日の注文は20個ほどだけらしくバイトは私一人だけだった。
朝一番にキッチンの掃除を終えた私はメインの作業場である庭に出た。
番頭の土川さんがタケノコで一杯のダンボールを抱え運んできた。
これかー、庶民が滅多に目にすることも口にすることもできない代物は。
思わず手に取ろうとした私を土川さんが制した。代わりに使い古した小刀
をスッと差し出した。
「よし、じゃ、仙人、タケノコ作るで」
『タケノコを…、作る?』
マユをひそめる私に土川さんは事もなげに言った。
「その小刀でタケノコの底を割って、いかにも鍬(くわ)で掘り起こし
たように細工するんや」
『 ! 』
な、何と。そのタケノコは由緒ある竹林から掘って来たのでも何でもな
かった。朝、旦那様が近くの市場で仕入れてきたその辺のスーパーで売ら
れているような普通のタケノコだったのだ。
それが証拠にタケノコの底は包丁で切ったようにスパッと平らである。
確かに鍬で掘りおこせばそんな切り口になるわけがない。
つまりそのままだと市販のタケノコであることがバレてしまうので、あ
たかも鍬で掘りおこしたように見せかけるため、タケノコの底にデコボコ
とした割れ目を作るのだ。
「タケノコの土も落とすなよ。とにかく掘りたてに見せかけるんや」
「…」
さ、詐欺やん。
なにが“丹精こめて掘り起こしてまいりました”だよ。
京竹が開き直ったかのように本性を現わし始めた。
偽タケノコ作業の合間には電話マナーの練習が待っていた。
旦那様の叱咤が飛ぶ。
「よし、ワシが教えたとおりに言うてみろ」「まいど…」「声が小さい!」
「はっ、すいませんっ。まいどありがとうございます!京竹でございます!
豊臣(旦那様の名字、仮名)でございますか?申し訳ございません。ただ
今豊臣は、竹林へタケノコを掘りに行っておりまして…」
私は毎日、電話マナーの練習という名の“口裏合わせ”の練習をした(笑)。
「ええか、仙人。社会に出れば電話応対一つでその会社の信用がガタ落ち
になるんや。学生やからって甘えは許されへんで」
うーむ、確かに言っていることは一応間違ってはいないのだが(笑)。
しかしこの商品を一個一万円を下らない値で売るのである、そりゃボロ
儲けになるわけだ。
バイトの中には『この悪事をお客さんに知らせねば』と学生らしい正義
感に燃える人もいたのだが、その人がとった告発の手段というのが、旦那
様の目を盗んでタケノコに自分の名前を彫るという訳の分からないもので、
当然あっさりと旦那様に看破され京竹から叩き出された。
旦那様は王様であった。豊臣秀吉であった。今太閤であった。
午後3時。商品をお客様へ発送する時間である。
旦那様は商品を受け取りに来たクロネコヤマトの宅急便の担当者を縁側
に座らせ、毎日のように値下げ交渉をした。
「繁忙期には1日100、月3000個をクロネコはんにあずけるんや。もっ
と勉強せいっ」「はいっ、いつもお世話になっております。しかしでござ
いますね…、」「しかし?ほほう。(土川さんに顔を向け)そう言えば土川、
最近この辺でやたらペリカンが鳴いてへんか」「確かに鳴いております」
「それも悲しげにカァーカァー鳴いとる。かわいそうやから助けたろかな」
クロネコは血相を変え、「そ、それだけはご勘弁をーっ」
ペリカンとは日通のペリカン便のことだ。つまり日通に乗り換えるぞと
いう脅しである。
まるで時代劇の悪代官のようなベタベタな言い回しに私はいつも笑いを
こらえるのに必死だったが、それにしても土川さんはよく笑わずに合いの
手を入れられるな(笑)。ある意味スゴかった。
が、気を抜いていると旦那様の矛先はこっちにも向いてくる。
「仙人、あの宛名の字は何や。幼稚園か」「仙人、お客様にコーヒー出
さんかい」
仕事は確かに偽タケノコだけではなかった。宅急便の宛名書きもバイト
の仕事で、他にもタカの爪のより分け、その袋づめ作業、お礼状の発送、
竹かごなどの在庫チェック、キッチンの掃除、コーヒーの作り置きから庭
の草むしりまで、まあ丁稚奉公そのもので、手が空いている時は無理にで
も仕事を見つけなければ落雷のような怒声がとんだ。
そうかと思うと、「仙人、こっちへ来てお菓子でもお食べ」と好々爺の
表情を見せてくれたりもし、そういう意味では修行中の漫才師の師弟関係
のような一面もあった。
そんな旦那様だがこの世で2つだけ頭の上がらないものがあった。
そのうちの一つが融資を受けている銀行であった。初めて私が銀行からの
電話に出た時のことは忘れられない。
「はい、京竹でございます」
「あ、豊臣さんか、例の件やけどもな、」
「あ、あの、すいません。私は違います」
「え?豊臣さんと違うの?」
「はい。と、豊臣はただいま竹林へタケノコを掘りに行っておりまして」
何回電話をとってもウソつくのは緊張する。そこへ旦那様が戻ってきた。
「誰や」「はい、○○さんというお方が、」
旦那様が血相を変えキッチンへ飛び込んできた。受話器をひったくると、
「お電話変わりましたっ!豊臣でございますっ!いつもお世話になって
おりますっ!」
声が裏返りコメツキバッタのように何回も電話に向かって頭を下げる。
そんな旦那様は初めて見た。
「最初に電話に出た人間?へい、あれはウチで使っております使用人で
ございます。も、もしかして何か粗相でも? えっ?声が私とソックリで
お間違えに? へいっ、それはもう、頭の悪い者は声まで似てくるもので
ございますぅ〜!」
ボキボキと腰から派手な音を立てながら旦那様が深々とお辞儀をする。
額がほとんどヒザについている。体、やわらけ〜(笑)。
「へいっ、へいっ、それはもう、へいっ、へいっ、へいっ」
さっきから、へいっ、しか聞こえてこないよ(笑)。Y沢君の“へいっ”
は、これが耳に残ってたんだな(笑)。
昨今は銀行が何かと問題になっているが、その権力の大きさをマザマザ
と実感した最初の出来事だったように思う。
それにしても「頭の悪い者は声まで似てくるものでございますぅ〜」に
は笑った。
その夜、韓国から焼肉とカジノまみれになったY沢君の国際電話があ
った。その話をすると大いにウケまくり、私たちは今でもお互い電話をか
ける時、最初の合言葉は「頭の悪い者は声まで似てくるものでございます
ぅ〜」だ。
学校でもけっこう流行ったと思う。
そしてもう一人、旦那様が徹底的に頭の上がらない人間がいたのだが、
それはまた次号で書こうと思います。
つづく
☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆
毎日妙な天気ですね。季節外れの風邪が流行っているようです。
気を付けて下さいね。