☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ まえがき ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今号は実はバレンタインの頃発行するつもりだったんですが、『めろんぱ
ん』のメンテと重なってしまいました。
で、今日はホワイトデーなので、一応“ホワイトデーつながり”というこ
とで配信することにしました。うーむ、強引な(汗)。
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「バレンタイン・アニマル」
バレンタインが来るたび思い出す。ケモノのようだった妹たちのことを。
私たち兄妹がまだ子供の頃、我が家では「俺が子供のころはお菓子なん
て食べられなかった。ぜいたくぬかすな」という父の方針により“お菓子
全面禁止”であった。
だが何よりお菓子が大好きな子供のこと、しかも女の子、食べるなと言
われて、ハイそうですかと我慢できるわけがなく様々な面倒を起こすので
あるが、そのトバッチリは兄であるこの私に降りかかることが多かった。
母にお使いを頼まれ、妹と近くのスーパーに行く時などいつも生きた心
地がしなかった。妹はお菓子売り場で決まって小鼻を膨らませ、根が生え
たように動かなくなるからだ。
そしてちょっと目を離せば手当たり次第キャラメルだのチョコレートだの
キャンディだのをひったくって息を切らしながら口の中に放りこんでいく。
菓子を必死に取り上げようとする兄と、涙と鼻水で顔をグチャグチャにし
ながら叫び声を上げる妹が床の上で取っ組み合い、それを遠巻きに見て
いるやじ馬、止めに入る従業員、幼心にもあれほどの屈辱はなかった。
どこかのご婦人に抱かれたプードルがビックリしたように見てたっけ。
人間、何がおしまいって、犬に驚かれるようになっちゃ、本当におしまい
である。
妹の挙動に気を付けなければならないのは屋内だけではない。妹はすで
に小学校にあがっていたと思うが、一度、家の近所の道路にグリコのキャ
ラメルが箱ごと落ちていたことがあった。
私は何か落ちてるなあ、と思っただけなのだが、妹の千里眼はそれがキ
ャラメルであることをかなり手前から察知していたようだ。
急に走り始めた妹にアッと思った時にはもう遅く、グリコは彼女の手中。
まさに一粒300メートルであった。
妹はキャラメルをぎゅうっと胸の中で抱きしめ、敵意丸出しで私を見すえ
ている。その瞳はすでに涙でウルウルしていて私が一歩でも近づけば即
実行だ。
私は毒でも入っていたら一大事と、今にもビルから飛び降りようとして
いる自殺志願者に語りかけた。
「○子、大丈夫、落ち着け。お兄ちゃんはキャラメルなんか欲しくないで。
でもな、毒が入ってるかもしれんやろ? そしたら○子、死んじゃうぞ」
私は猫撫で声でジリジリっと歩を詰める。妹はますます身を固くして息
づかいを荒くしている。まるで山猫であった。
しかしもうこれ以上の緊張に耐えられなくなったのか、妹が一気に箱を
開けた。
「ダメやっ」私は妹に飛びかかった。
「いやニャーッ!」
妹は泣き叫びながら体を折ってグリコを守る。そしてキャラメルを取り
上げようとした私の手に思いっきり!咬みついてきた。イテーッ!
そのスキになんと妹は5,6個のキャラメルを包み紙ごと口に放り込んだ。
そしてグリコで一杯になったほっぺたをふぐのように膨らませると強引に
口をモグモグさせ始めた。
「お、おい、包み紙…」
動揺を隠せない兄の情けない声に、妹はニタァ〜と薄ら笑いを浮かべた。
そして次の瞬間、茶色い粘液にまみれた包み紙だけをニチャッと口から出
した。
妖怪だった。
息を飲む兄の目の前で妖怪は次から次へ、にちゃっ、にちゃっ、と手品
のように包み紙を出してみせた。これを器用と言っていいのか何と言って
いいのか、あまりの薄気味悪さに私は立ち尽くしている他なかった。
家に帰った私たちの様子から真相を問い詰めた父は、
「毒でも入ってたらどうするつもりやったんや! お前がついていながら
何や!」と、私をボコボコにした。
わ〜ん、ごめんなさい。私は号泣した。(ToT)
一方キャラメル一箱を腹に収め、すっかり満ち足りた妹はスヤスヤ昼寝
していた。
拾い食いの張本人が惰眠をむさぼり、止めようとした私がボコボコにさ
れる。世の不条理を一身に心に刻んだ子供仙人であった。
そしてだ。バレンタインと言えば忘れもしない中学2年、私の初ロマンスを
ブチ壊してくれたのも奴だった。
その日妹は小学校から帰る途中、一人の女子中学生に呼び止められた。
私の隣りのクラスのA子ちゃんだった。
「仙人くんの妹さん?」
「はい」
「あの、お願いがあるんだけど…」
「?」
「これ、お兄さんに渡して」
彼女は顔を赤らめながら小さな手さげ袋を妹に渡すと、足早に走り去っ
ていった。
そう、袋の中身は彼女がその日のために精魂込めて手作りした愛のメッ
セージであった。それを決死の覚悟で我が妹に託しに来たのだ。
だがA子ちゃんはこの時気付いていなかった。1週間断食させたライオン
の檻に子羊を投げ込んでしまったことに。
手塩にかけて育てた愛の子羊はあっさり妹の胃袋に収まった。
しかも妹はチョコを家に持ち帰る暇さえ惜しみ、その場で包みを解いて
ムシャムシャ食べていた。
2年後、私は偶然妹の部屋でチョコに添えられていたメッセージカードを
見つけ大ゲンカになるのだが、妹がカードを保管していたのは良心の呵責
か、それともただ捨てるのを忘れていただけか。たぶん、後者だと思う。
カードに書かれた『一生懸命作ったので、良かったら食べてください』
の丸文字がとても悲しかった。
今さら「いやー、2年前はありがとう」などと彼女の前に現れるわけに
もいかず、私はしばらく死んだ子の歳を数えるようにしてそれからの日々
を過ごしたのだった。
一番下の妹が小学校に上がると、私は2匹のケモノと戦わねばならなく
なった。
毎年バレンタイン前後になると2匹は私の部屋に侵入、チョコが隠され
ていないか家捜しを始めるようになり、代わりにエロ本やエロ雑誌を次々
と発見することとなった。
私は自衛のためそれらの雑誌を毎回苦労して天井裏に隠さねばならなく
なり、メチャ不便だった。って、毎回って何をする毎回やねん(笑)。
他にも親が隠しているお菓子を食べて、その包み紙を私の部屋のゴミ箱
に捨てて私の犯行に見せかけたり、親戚の家に行った時「兄ちゃん、いく
らお菓子が好きだからってあまり物欲しそうにしちゃダメだよ」と、私を
ダシにして暗に茶菓子を要求したりとやりたい放題であった。しかも両親
は私を叱りつけることを知っているだけにタチが悪かった。
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」
親のこの言葉で何度ケーキに乗っているイチゴをあきらめたことか。
何度栗きんとんの栗を減らされたことか。
ケモノとの闘いは奴らがそれなりのお小遣いをもらう頃まで続いたが、
おかげで私は間食というか、お菓子をそれほど食べない習慣がついてしま
った。
3年前、妹の結婚式で彼女の友人達が次々と私のテーブルに来て口々に
言った。
「本日はおめでとうございます。お噂は聞いてます。とっても優しいお兄さん
なんですよね」
本来なら感動的であるはずのそんな言葉もなにか額面どおり受け取るこ
とができず、ただ気弱な笑顔で酌を受けるしかない私であった。
ああ、バレンタインが来るたび思い出す。ケモノのようだった妹たちのことを。
☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆
2週間ぶりにネットに繋ぎました。その理由についてはまた今度ね。
ちょっと発行周期が遅れていてすみませんm(__)m。今月はこの部屋の
更新料を稼ぐため、ちょっとばかり忙しいのです(わしゃ、学生か、情けない、笑)。