[2002/2/26]

100個の現実

 



「100個の現実」

 東京仙人。このハンドルネームには実は名付け親がいる。私の大学時代
の先輩、S谷さんである。彼のことは前に一度、「王将」の回でちょこっと書い
た。

 もちろん彼は私のことを東京仙人とは呼ばず、大学時代のあだ名で呼ん
でいる。だがこの世でただ一人、私に面と向かって本当に「せんにん」と呼
ぶ人間がいる。彼の妻、Sさんである。

 S谷さんたちは5年前の結婚と同時に転勤となって東京に来た。S谷さん
はSさんと付き合っている時から、よく私の話をしていたそうである。

「東京に住んでるのにな、仙人みたいな生活せないかん男がおるねん。東
京仙人や」

 SさんはS谷さんのあまりに直接的な命名能力に呆れたそうだが、結婚式
では初めて会った私に「せんにんさん、はじめまして」としっかりあいさつして
きた。

 それからは電話しても「あ、せんにん?久しぶりー」家を訪問しても
「せんにん、コーヒーがいい?それともお茶?」と、私は彼女にすっかり
“せんにん呼ばわり”されている。たぶん私の本名は未だに知らないと
思う(笑)。

 そんな夫婦が東京に来たばかりの頃、私は新妻Sさんと東京ドームで
行なわれた米米クラブの解散コンサートに行ったことがある。

 なぜ彼女と行くことになったのかは長くなってしまうので割愛ね。
そしてここからが本題である。

 米米クラブのコンサートはとても良かった。私とSさんはフワフワした
気分でドームを出て、水道橋駅の階段をものすごい人波に押されながら
上っていた。

 と、階段を上り終えようとしたその時である。
「キャー、せんにーん! 靴が脱げたぁー! 」

 靴を踏まれたSさんが大声を上げて倒れかかった。私は思わず彼女を
抱きとめた。そして人波にもぐり込んで何とか靴を見つけ、とりあえず事
なきを得た。

 さて、ここでそんな事はあり得ないのだが、新婚間もないS谷さんが
自分を差し置いてコンサートを楽しむ新妻にヤキモチを焼き、なんと探偵
を雇って、その探偵が私たちを監視していたとしよう。

 探偵は私と新妻Sさんが抱き合った瞬間を望遠で写真に撮り、さっそく
S谷さんに見せた。

 「ふ、ふ、ふ、不倫やーっ」S谷さんが顔色を失う。

 探偵が言う。「いや、私が遠目で見ていた限りでは男の方が奥さんを抱
き寄せたように思います」

 いずれにしろS谷さんは悶々とした日々を過ごすことになった。

 字面が似ている3つの言葉がある。事実と真実と現実。

 なにか同じようなニュアンスに感じられる言葉である。だがこの3つ
は全く違う。

 今の話で言うと、私と新妻Sさんが抱き合ったこと、これは「事実」
である。

 だが私と彼女は不倫していないし、抱き合ったのは彼女の靴が脱げて
私が抱きとめる形になってしまったから。これが「真実」だ。

 「事実」と「真実」は、どちらもこの世に一つしかない。

 だが「現実」は違う。一つだけではないのだ。

 夫S谷さんは私とSさんが抱き合った事実から、妻は不倫していると
いう「現実」を導き出した。

 探偵は男のほうが奥さんにご執心のようだという「現実」を導き出した。

 「たった1つの事実」から「2つの現実」が生み出されたのである。

 現実とは何か。それは事実を元にした空想であり、想像だ。別の言い方
では解釈とも言う。だから現実は人の数だけある。2人いれば2つの現実
が、100人いれば100個の現実があるのだ。

 たった1個の事実から私たちは驚くほど多くの現実を作り出す。そして
その自分で創り出した現実という名の「空想」に私たちは怒り、悲しみ、
嘆いている。自分で勝手に作った空想やら解釈に勝手に怒ったりしている
んだから世話がない。

 あげくにその空想で身体を壊したり心が疲れてしまったりする。現実が
身体や心を壊すのではなく、私たちの想像力が心身を痛めつけるのだ。

 逆に想像力が文字通り創造の力を発揮することもある。

 能面を思い浮かべてほしい。能面のような顔、と表されるように能面に
は表情がない。「無表情という表情」が1個あるだけだ。

 だが能舞台で演者が舞を始めたとたん、全くの無表情のお面が時には
夜叉のように、時には恋する女性の顔に、時には好々爺のような温和な
顔にと、様々な喜怒哀楽の表情に変わっていく。

 それはもちろんお面に仕掛けがあるのではなく、観客の想像力が能面に
表情をつけているのである。

 変な言い方だが、事実には何の罪もない。ただそこにあるだけだ。事実
そのものには善悪も好き嫌いも喜怒哀楽もない。それは能面には何の表情
もないのと同じだ。

 何の表情も味気もない能面という事実に、喜怒哀楽や善悪や好き嫌いや
嫉妬や憎悪という現実をつけていくのは私たち自身の想像力である。

 私たちは小さい頃からまわりに「現実は甘くない」と言われて育った。
だがそれはやはり間違いだと思う。甘くない現実も甘い現実もなく、甘く
ない想像と甘い想像があるだけなのだと思う。

 作家という職業を一言で表わすなら?と聞かれたら私はこう答えると思
う。

 1個の事実から100個の現実を生み出せる人。

 同じ事実から、そして同じ光景から悲劇と喜劇を見ることができる人。

 それは作家だけではない。絵描きだってそうだろうし、ジャーナリスト
だってそうだろうと思う。
 優れたジャーナリストというのは1枚の写真から10通りの記事を書ける
人のことをいうのだろうと思う。

 もちろんたくさんの現実を生み出すのはそれらの職業の人だけに許され
た特権じゃない。想像力というものを与えられた私たち人間の、全員の特
権でもある。

 現実は1個だけではない。もちろん悲劇と喜劇の2種類だけでもない。
考えれば考えただけの現実がある。

 一つの事実からどんな空想をしてどんな現実にするのか。そしてその中
のどの現実を「自分だけの真実」にするのか。

 そう考えるとこの世に一つしかないのは事実だけで、実は案外、真実と
いうものもたくさんあるのかもしれない。

 ふと、そう思った。


☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

S谷さん宅に外から電話する時、ちょっと恥ずかしいんですね。

奥さんのSさんは私の本名を言ってもすぐには分からないので、
「あの、私、せんにんですが」と、名乗らなければならないのです。

それを聞いた周りの人は必ずギョッとして私を見ます。
そりゃ、見るでしょう(笑)。

 

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