[2001/6/13]

実録 仁義なき戦い 野郎コンパ編

 



「実録 仁義なき戦い 野郎コンパ編」

 輝いていた。二条城が深秋の月明かりを浴びて悄然と輝いていた。

 今夜は我が映画サークルの狂乱謝肉祭とも揶揄される「野郎コンパ」が
開かれる。二条城とは目と鼻の先にある「餃子の王将」堀川丸太町店が
今宵の舞台だ。

 もうこの時点で皆さんはお気づきであろう。石油やガソリンでカラアゲを
揚げていると噂される「餃子の王将」でコンパを開くその了見があまりにも
間違っているということを。そしてそこで開かれる宴は単なる普通の酒盛り
ではないということを。

 野郎コンパとはその名のとおり、サークルの男子構成員だけで開催される
コンパだ。そして今まさに王将の店先には、男先輩サークル員たちが続々と
集合し始めていた。

 どの先輩も「さあ、潰すぞぉ、潰されるぞぉ」と、みな狂犬病のような息遣いを
立てていた。しかも笑顔の狂犬であった(笑)。3,40頭くらいはいたであろうか。
我々1回生は明日をも知れぬ身の上に、皆、プードルかチワワのようにプルプル
震えていた。

 王将丸太町店は、王将にしては珍しく2階建てであった。1階はテーブルや
カウンターが並べられたごく普通の店構えで、この日も普段と変わりなく夕げ
をとる客でにぎわっていた。

 2階は広間になっており、そこを借り切ってのコンパである。まあ、広間と
いっても大の男が3,40人も入れば押し合いへし合いのタコ部屋だった。2階
にも厨房があって、広間の客専用に、料理人というより人殺しといった風情の
仁王達が料理らしきものをこしらえていた。

 先輩たちは皆、とんでもなくラフな服装をしていた。ジャージを着ている人
も多く、中には近くに住んでるのか、ほとんどパジャマみたいな人もいた(笑)。
皆、自分の部屋にいるような弛緩ぶりであった。

 ビールが出揃うのを見計らって、中央に陣取っていた3回生の会長さんが
ジョッキ片手にすっくと立ち上がった。
「えー、とうとう今年もこの日がやって来てしまいました。とりあえず各班、
映画制作も順調のようで、」

 とその時、同じく3回生の会計M嶋さんが、会長さんのジャージを下着ごと
目にも止まらぬ速さで引きずり下ろした。下半身丸出しに広間は大爆笑だ。
だが会長さんは笑顔で「こらこら、まだ早い」と、何の動揺も見せず好々爺の
ような顔をしてジャージを履いた。
M嶋さんは悔しそうに、「腕を上げたな」と返すのが精一杯であった。
広間はまた大爆笑であった。私も「す、すごい…」と驚き笑った。

一適の酒も入っていないのにこの有様であった。皆すでに軽いナチュラルハイ
に陥っていたと思う(笑)。会長さんが雄たけびをあげた。
「さあ、今日は女もおらんし無礼講や!思いっきり暴れてくれ!」

地獄の黙示録の幕開けであった。

 「さあーっ、1回生イッてみよーかあーっ!」
瓶ビールを持った狂犬たちが、10人程いるプードル、チワワに群がった。
1回生によるイッキ早飲み競争であった。一番早く飲み干した者がガッツポー
ズで一抜けした。大喝采の中、間髪入れず残りの者にビールが注がれる。
「2回戦、始め!」何と最後まで負け続けた者は、10回近く連続でイッキす
ることになる逆バトルロワイヤルであった。

 私たちは皆、恐怖におののきモノ凄い形相でグラスにむしゃぶりついた。
上回生は腹を抱えて笑い、やんやと囃し立て「仙人、遅い!」とか審判を下した。
時には厨房の仁王達も審判に加わった。

 私は1リットル以上のビールを腹に収めて何とか離脱したが、最後の1人
になってしまった同期は、2リットルを収めた腹を抱え、口からビールの糸を
引きながらトイレのドアに体当たりした。先輩たちは涙を流して笑い転げてい
た。人でなしであった。

 だが上回生もやらせるだけではない。何と彼らは信じられないことに、同じ
バトルロワイヤルをジョッキでやるのだ。最後の方の先輩などは我慢しきれず
人間噴水と化し、皆、大笑い(?)で逃げまどった。

 それからはもう誰彼ともなくビールをすすめ合い浴びせ合い、石油まみれの
王将料理をバクバク食べた。石油がビールと化学反応を起こし爆発的な酔い
を促進させる。コンパが始まって30分。皆の目が気味悪いほど笑っていた。

 M嶋さんなどは「暑いっ!」とか言って、すでにタンクトップとブリーフ姿に
なっていた。そして彼はそのままの姿で1階にあるトイレに行き、普通に夕食
を食べていた一般客の度肝を抜いた。

 また、トイレに行こうとした私は、誤って先輩の足を踏んづけてしまった。
先輩は満面の笑顔で「仙人、今、俺の足踏んだ!」と叫んだ。途端に数人が
「足、踏んだ!足、踏んだ!」とコールを始め、すぐに広間全体のコールとなった。

 私は問答無用に差し出された中華スープ混入済みの大ジョッキビールを、
あまりのマズさに本当に涙を流しながらイッキをした。
 先輩が叫ぶ。「大丈夫!潰れたら俺が骨を拾ってやる。安心しろ!」
その先輩は、自分が真っ先に骨を拾われた(笑)。

 その後も、先輩後輩の関係なく様々な人間が、「乳首ピンク」コールとか
「脇毛」コールとかの餌食となった。しかし2階から聞こえてくるコールに、
さぞかし1階の客は訳が分からず首をかしげていたに違いない(笑)。

 1時間くらい経ち一番気持ちが良くなった頃、会長さんが叫んだ。
「好きな女告白タイムやーッ!」
一瞬、シンとなってから、「うぉーッ!」という地鳴りのような歓声が広間に
こだました。

 狂犬に促された最初の1回生が絶叫する。「俺はS子が好きだあーっ!」
皆、「おーッ!」と返した。M嶋さんが叫ぶ。「他にS子はいないかーッ!」
1回生四人と先輩数人が立ち上がり、中央に土俵入りしてにらみ合った。
大歓声の中、餃子や焼肉が沈められた大ジョッキビールが用意される。

 S子争奪イッキが始まった。空気が震えんばかりの「S、子っ!S、子っ!」
コールの中、現時点の日本列島で一番マヌケな男たちが白目をむいて餃子
ビールをむさぼり激飲する。
 彼らはS子の事情をよそに、勝ったら彼女と付き合えるものと信じきって
いた(笑)。彼らの真っ当な判断力はとっくの昔に吹き飛んでいた。

 S子争奪杯は、全員が先を争ってトイレに突進していくという悲惨な結末で
幕を閉じた。「次―ッ!」M嶋さんはすでにブリーフ一丁である。あ、熱い!

「俺はH美が好きだー!」「俺はR子に行くぞーっ!」皆次々と宣言し、無残
に若い命を散らしていった。

「次っ!仙人!」
絶叫した。「夏合宿で全裸は見られたけどっ、Nちゃんが好きやーっ!」
巻き起こった「ぜ・ん・らっ!ぜ・ん・らっ!」コールに合わせて、靴下以外
生まれたままの姿になった私は、踊りながら中華飯入りビールを痛飲し、
そのまま2階のトイレへ狂進した。私も人ではなくなっていた。

 ブリーフ一丁のM嶋さんが叫ぶ。「俺はKちゃんに突撃するでーっ!」
腰に手を当てイッキ飲みを始めたM嶋さんのブリーフを、会長さんが最初の
お返しとばかり、一気に引きずり下ろした。だがM嶋さんは平然と腰に手を
当てたままの全裸姿でイッキを続ける。爆笑が起こる。

 だが更に調子に乗って、イチモツを箸でつまんだ会長さんには、さすがに
キレたM嶋さんは、ジョッキビールを会長さんの頭からぶっ掛けた。
グショ濡れの会長さんはゲラゲラ笑っていた。全裸のM嶋さんも笑っていた。
心底気味が悪かった。

 シュールな映画を撮ることで有名な4回生の先輩は「わたくしはっ、T子ち
ゃんを秘密の部屋に連れて行きっ」と、空想夢物語を叫び始めた。
 皆、最初は爆笑していたが、「T子ちゃんを縛りっ、猿ぐつわを噛ませっ」
あたりでシャレにならなくなってしまい、みんなで鬼畜を押さえつけ、無理矢理
ビールを流し込んで潰した。

 突然、副会長さんが空のドンブリを持って立ち上がる。「これから芸しまー
す」と言うや否や、笑顔で「ゲェー」とそのドンブリに吐いた。これにはさすが
に広間が揺れたな(笑)。この世にこれほど恐ろしいダジャレ芸があろうか。
肉を切らせて骨を断つというか、身を切り刻んでの命がけの特攻芸である。

 彼の、指を使わずに自由意志で吐けるその秘技は「超吐き」と呼ばれていた。
副会長さんはカッコ良くて、春には新入生の女の子の一番人気になるのだけど、
「超吐き」のおかげで夏前にはファンが一人残らず撤退してしまうということ
を、毎年繰り返している男気溢れる人でもあった。

 そしてここまでくると、告白コーナーなんて既にどうでもよく、局地的に潰し
合いが横行し始める。生きている人間は先輩であろうと後輩であろうと容赦
がなかった。

「猿ぐつわを噛ませたT子ちゃんを私は目隠し…、」
さっき潰した妖怪が輪廻転生するや、私を含む近くにいた者が一斉に飛び
かかり、鼻をつまんで口をこじ開け、情け容赦なく瓶ビールをねじ込み退治した。

 その拍子に私は一緒に押さえ込んでいた先輩の足をまた踏んでしまった。
先輩はニヤリとし、「踏・ん・だ!踏・ん・だ!」とコールを始めた。
 潰れて目をつむり苦悶の表情を浮かべながら床に転がっている者も、口元
だけは「ふ・ん・だ、ふ・ん・だ」と動いているのだから、“コール律儀”なのにも
程がある(笑)。私は鬼どもに押さえつけられ、凌辱的なイッキをさせられた。

 臨界点に達した私は、早く吐きに行かねばと、会長、副会長、M嶋さんが
肩を組んでイッキしている横をすり抜け、死屍累々と横たわる屍を踏み越えて
トイレに向かった。

 広間のトイレは大混乱だった。便器に向かって土下座していたり、洋式便器
を抱き枕にしている人間がいる上、「せーのっ!」と合図を掛け合い、一緒に
吐いてるバカまでいて、使いものにならない。

喉元までこみ上げた口を押えながら、料理や人が散乱し阿鼻叫喚の地獄絵図
と化し始めた広間を突っ切り、私は1階のトイレへと階段を駆け下りた。

 1階では、2階の阿鼻叫喚など対岸の火事といった牧歌的な風景が広がって
いた。そりゃそうだ。一般客は夕ごはん食べに来てるだけなんだから(笑)。
そこに靴下とトランクスだけを付けた上半身裸の千鳥足仙人が出現したのだか
ら、彼らが驚いたのも無理はない(笑)。私は真っ直ぐ歩けず、そこらじゅう
にぶつかりながらトイレに突入し、豪快にリバースした。

 トイレを出た私の目に、この日一番の衝撃映像が飛び込んできた。何と階段
から全裸の落ち武者どもが転がり落ちてきたのである。落ち武者達は口から泡
を吹きながらトイレに走り向かって来る。一般客の目は明らかに通り魔に会っ
た時のそれであった。

 2階に戻った私は、あまりの気持ち悪さに床に倒れこんだ。見ればブリーフ
がずれ、ローライズジーンズのように半ケツを出したM嶋さんが倒れていた。
赤ちゃんのようであった。だがその死に顔には笑みさえ浮かんでいた。

 広間は完全なる地獄絵巻となっていた。泣き、慟哭している人間もいた。その
横では仁王立ちになり、自分がどのように「一人エッチ」をしているか、その方法
を微に入り細に入り熱弁している者まで現れていた。
しかも悲しいことにその大演説を誰も聞いていない(笑)。

 厨房の仁王も階段の入り口で文字通り仁王立ちになっていた。1階の客から
のクレームで下に降りさせないようにしていたのだ。そんな仁王の姿を見て、
東大寺南大門の仁王像という意味なのであろう、まだ元気な人間が「南大門!
南大門!」と囃し立て、イッキをしていた。

 そして、俺は何回吐いた、いや俺はもう既に何回だと、同病相憐れむが顕著に
なってくると、野郎コンパも最後の狂い咲きである。

「仙人!仙人の名前は何て言うんだ!(自分で仙人って言うてるやん。笑)」
「仙人です」「素晴らしい名だ!ご両親に感謝!飲め!俺も飲む!」

「これは何だ!」「ビールです」「よく見抜いた!飲め!俺も飲む!」

 先輩達は潰すのと同時に、明らかに“潰されたがっていた”。あのへん
の倒錯感情というか、マゾヒスティックな職業病というか、業(ごう)とでも
言おうか、今でも私は部外者に説明する言葉を持たない。

 皆笑っていた。泣いていても笑い顔に見えた。怒っていても笑い顔に見えた。
案外、喜怒哀楽というのは一つの表情で事足りるのかもしれないと思った。
 飲み、唄い、泣き、怒り、吐きながら笑っていた。死んでなお笑っていた。
まるで幾重もの笑いの読経の中にいるようで、天井がグルグル回り出した。

 遠くで声が聞こえる。「天津飯イッキしまーす!」「S、子!S、子!」「餃子100
人前追加ね!」「パンツ窓から捨てるなよっ」「パ・ン・ツ!パ・ン・ツ!」

…そうか。皆、散りたくて散りたくてしょうがないのだな。なるほど、野郎コンパ
というのは、「滅びの美学」の追求なんだな…。

 広間が滅亡への大団円を迎える中、私はそんなことを夢想しながら暗闇へと
落ちて行った。

 あまりの寒さに我に返ると、私は先輩に肩を担がれ店の前にいた。どうやら
コンパは終わったらしい。誰のモノか分からないTシャツを着させられていた。
ジーンズは何とか自分のだ。先輩たちがラフな格好で来たのは、女の子が
いないという理由だけではないということを、私はようやく悟った(笑)。

 皆、遠い目をして放心状態であった。完全虚脱であった。そしてそのまま歩
いて帰る者、歩道でリバースしてタクシーから乗車拒否を食らう者、もう冬近
いのに上半身裸で帰る者、三々五々帰路に着き始めた。
 ほとんど死にかけの私は、二条城近くに住んでいる「超吐き」の副会長さん
の下宿に向かうことになった。

 堀川丸太町を南に下ると、右手に二条城がほんのり浮かび上がっている。
思わず、130年前ここで「大政奉還」という日本の大回天が行なわれたんだなあ
と感慨にふけった。

 あの時代、幕末の志士達は官軍との戦の中、自らの死に際、散り際というもの
にこだわったという。まさに「滅びの美学」だが、同じ散らすのでもゲロを吐き散ら
かす我々の「滅びの美学」とは似ても似つかない(笑)。

 そんなかんやで、心地いいというにはあまりに冷たすぎる夜風に当たりながら、
現代日本を創ってくれた偉大なる先人たちに申し訳ない気持ち一杯で見てしまう、
秋の夜更けの二条城なのであった。

☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

結局、伝統の野郎コンパはこの年で最後になってしまいました。
丸太町王将から出入り禁止になってしまったことが一番大きいのですが(笑)、
みんな、疲れちゃったんでしょうな(笑)。

それから、バックナンバーを読みたいというメールを頂いていますので、
今、四苦八苦して簡単なHPを作っています。
なにぶん、超初心者なので、もうしばらくお待ちください。

 

 

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つぎ

 

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もくじ           表紙