[2001/5/22]

親と日本代表サポーター。そして、ストーカー

 



「親と日本代表サポーター。そして、ストーカー」

 「俺達がどれだけ代表を愛しているか代表は分かっていない。俺たちに全然
応えてませんよ!」「俺達がこれだけ死ぬ気で応援してるのに何だっ!」

 4年前、日本中がサッカーフランスW杯アジア最終予選に一喜一憂していた
ように思う。国全体がまるで夏のアブラゼミのようにワンワン鳴っていた。

 そんな中の予選突破が危うくなったある日、試合後の国立競技場の外で
一部サポーターが大暴れしたことを覚えているだろうか。彼らは最初のような
セリフをTVカメラや記者に向かってまくし立て、パイプ椅子は投げるわ代表バス
を止めるわの狼藉を繰り広げた。

 私はこの頃、大借金を抱え、命をつなぐだけで精一杯の日々を送っていたので、
お祭り騒ぎどころではなかったのであるが、偶然その姿をTVか新聞で見て、
彼らと同じようにガッカリし腹を立てていたように思う。

 だがそれから数週間後、日本代表は死闘の末、予選を突破した。マスコミは
「夢をありがとう」「感動をありがとう」のフレーズを連日配信した。

 その時、私は先のサポーターのセリフを思い出したのと同時に、このマスコミ
のフレーズに「あれっ?」というちょっとした違和感を持ってしまったんだけど、
生活に追われていたこともあってすぐ頭から消え去り、死にかけの金魚のような
意識朦朧とした日常に戻った。

 そしてそれに関して再び考えるようになったキッカケが、帰省した際に両親
とした、会社を辞めてから何度目かの罵り合いの時だったと思う。

 大学を卒業して入った会社を2年目だか3年目だかで「やりたいことがある」
と辞め、それからは様々な仕事をする(せざるを得ない?笑)私に対して両親は
相当怒り狂っている。

 彼らにしてみたら、世間的にそれなりの評価を受けている高校、大学、会社と
せっかく進んできての息子の反乱に、どうやら「裏切られた」と感じているみたい
であった。

 「俺やお母さんがどれだけお前のことを心配してると思っとるんや!お前は
それに応えようと思わんのかっ!」

 まあ、遅咲きの狂い咲きといった感じで、私と両親はここ数年全面戦争を繰
り広げてきたんだけど、私の親子関係についてはちょっと長くなってしまうし、
もう1つくらいメルマガができてしまうので今日のところは割愛ね。

 で、親は一部の例外を除いて、死ぬほど子供を愛し心配していると思う。
これは洋の東西を問わず真実だと思う。

 だが、あえて言うならば、だからこそタチが悪いとも思う。死ぬほど愛してる
が故に、その死ぬほど愛している、心配しているというのは、実は親自身が
「望んで」しているという事実があることにどうしても鈍感になってしまいがち
になるような気がする。

 愛する、心配するという「自己都合」をしばしば忘れがちになるように思う。

 「愛する」「心配している」という行為が免罪符のような働きをしてしまうのだ。
それは親だけではなく、私を含めた先のサポーターも然りだと思う。

 子を思う親の気持ちは海より深いとよく言う。ホントにその通りだと思う。
真理だと思うし命さえ投げ出すだろう。だが、その逆が存在しているということ
を考えたことはあるだろうか。

 親を思う子の気持ちの深さである。それは別に親孝行だとかそういうもので
はなくて、もっと本質的なものなんだけど、実は親が子を思うよりもずっと強い
ものなのかもしれないとさえ思う。

 もの心ついたくらいの年齢、4,5歳の子供なんか特にそうなんだけど、彼ら
彼女らの、大人への顔色の窺い方(うかがい方)というか、気遣い方というか、
そういったものを感じたことはないだろうか。自分の子供の時でも自分の子供
でもいいのだが、彼らは大人、大体の場合親に対してだけど、必死になって
心配りをしていると感じたことはないだろうか。

 ワシは、小学校1年までに5.6回引っ越しをしているんだけど、毎日が戦いだ
った。行く先々で常にヨソ者だから、その土地の子供達に常に目を付けられた。
ケンカは多勢に無勢でたいてい負けるのだけど、親には言えなかった。たぶん
無意識に気付いていたのだと思う。父は弱い人間が大嫌いだということを。
だから取っ組み合いのアザも、転んだとか嘘をついていた。

 逆に相手の親が自分の子供が私に殴られたと怒鳴り込んできたことがあった。
平謝りをする父の横で、私は相手の子供を睨みつけていた。なんて卑怯なんだ、
僕は黙ってるのに。相手が帰った後、父は私をボコボコにした。俺に恥をかか
せたと父は私をなじった。私はさっぱり訳が分からなくて「ごめんなさい」と
泣いた。今から思えば、私はたぶん父の体面を守ろうとしていたのだと思う。
それはもちろん無意識にそうしているんだけど、父の顔に泥を塗らないように
気を遣っていたんだと思う。

 私の友人や先輩というのは、もう4,5歳の子供がいる人が多いんだけど、遊
びに行くと必ず、「しかし仙人、子供になつかれるな」と言われる。それはた
ぶん私がたった一つのことを実行しているからだと思う。

 何かというと、子供に「大丈夫。悪い子でもエエぞ。気ィ遣わんでもエエよ」と
心の中でメッセージを送りながら接していることである。

 時には口に出して「○○ちゃんがどんなに悪い子でも弱い子でも、パパとママ
は○○ちゃんのこと、大好きだよ」と言ってあげる。
そうすると、その子は「ホント?」と、心から安心した表情を見せる。
ほんとにホッとしているのだ。

 子供は親を嫌いになるくらいなら自分を嫌いになる。逆に親を憎まないためなら
どんな嘘だって自分につく。親を傷つけるくらいなら、自分を傷つけ、責めさいなむ。
自分に嘘をついてまで子供は親を気遣い、いたわろうとする。

 この世に生まれて4年5年という短い人生経験をけなげに使って、死に物狂い
で親の立場を守ろうとする。心配する。それは4,5歳でなくても子供はそういう所
があると思う。

 だが決して子供は「僕が私が、こんなにお父さんお母さんのことを心配して
いるのに」とは言わない。言わないどころか自分を傷つけることで親を守る。

 たぶん子供は、親を心配するのは自分たちが望んでしているんだということ
を本能的に知っているんだと思う。だから「こんなに両親のこと心配してるの
に」と言わないんだと思う。

 子供は自分一人では生きていけないことを知っている。そのこともあって
死に物狂いで親を気遣う。
 その「自己都合」を無意識に感じているので「言い訳をしない」。

 もちろん、親も死に物狂いである。親も必死になって子を守ろうとする。命の
火を消さないように、健康状態に肝を冷やし、あらゆる事に気を遣い神経をすり
減らしながら、とにかく誰よりも自分よりも幸せになってほしいと心から望む。
身を切り削って子供を育てる。何しろすべての親が初心者なのだ。

 ホントに心から思う。親が子を思う死に物狂いと、子が親を思う死に物狂い。
ホンの少しでも「お互いの死に物狂い」に思いをはせてあげられたなら、ホン
の少しでも、この世で最も優しく慈愛に満ちたその自己都合を自覚できたなら、
世界も変わって見えるだろうになあと。

 それにしても、大人になるとだんだん自己都合を認めたくなくなるんだなあ
と最近思う。私が「夢をありがとう」になぜ違和感を感じたのかようやく分か
った。

 最初私は「おめでとう」でエエやんと思っていたのである。予選突破おめでとう。
だが「おめでとう」ではこっちが勝手に応援したことになってしまうのである。
見返りがないのだ。だから、ありがとうと「先手を打った」のである。

 つまり代表は「私のためにがんばってくれた」ということにしたかったのだ。
こっちではなく、向こうがという他者都合の形にしたかったのである。

「私は代表が好きだから、何の見返りがなくても応援する」という自己都合に
はしたくなかったのである。

 そして、自己都合を認めたがらない最たるものが昨今世間を騒がせるように
なって久しいストーカーだと思う。まだまだ男が多いらしいので男言葉で言うと、

 「俺がこれだけお前のことを愛しているのに、なぜお前は応えないんだ!なぜ
愛し返してくれないんだ!」

 「僕がどれだけ君のことを心配しているのか分かっているのか!なぜ振り向いて
くれないんだ!」

 どう考えても頭オカシイ。だけど、親やサポーターのセリフと妙に似ている。
自己都合ということに気付かなければ、本質的には同じことなのかもしれない。
それに気付かなければ、親やサポーターは単なる「合法的な」ストーカーということ
になってしまうのかもしれない。

 たぶん自己都合を認めてしまうと言い訳ができなくなるからだと思う。
私達が仕事や会社に行くのは「行かなければならないという義務」ではなく、
実は「行く権利」を使って行っているに過ぎないのに、しばしばそれに気付か
ないでいる。自分勝手に行っているのに、それに「気付きたくない」自分がい
る。義務というスタンスを取っていた方が言い訳が効くからだ。

「自分が」応援しているのに、「自分が」愛しているのに、それに気付きたく
ない自分が確かにいる。

 先にも言ったように、子供は自己都合を認め、言い訳をしない。子供と大人、
一体どちらがスゴイのだろう。私も大人だ。様々な言い訳をする。たぶん、親
になったら自分の子供に確実に言うだろう。「お父さんがこれほどお前の事を
心配してやってるのに、分からんかぁーっ!」って(笑)。火を見るより明らかだ。
だってホントに心配してるんやから。

 だから、せめて気付いていたいと思う。自覚していたいと思う。子供の死に
物狂いを、そして自分の死に物狂いを。受け止め、思いを馳せたいと思う。
今分かるのはそれくらいだ。

 そして、今の段階でより確実に分かっていることと言えば、来年日本で開か
れるW杯で、日本代表が予選トーナメントを勝ち上がり、進んだ決勝トーナ
メントで先日大敗を喫したフランス代表に死闘の末勝つようなことがあれば、
「夢をありがとう」や「感動をありがとう」ではなく、ただ「おめでとう」と言って
あげたいと思う。

 そう、いまホントに確信できていることと言えば、ただそれぐらいのことだけ
なのかもしれない。


☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

今日、家へ帰る途中で、道の真ん中にボーリングのピンが3本並べられてい
るのに気付きました。
ワシは酔狂な子供がいるもんだなあと微笑ましく近づいて行ったんだけど、
急にそのボーリングピンが、道の両端にサッと瞬間移動したんだよね。ウワッ
ってビックリしたら何と3匹の猫でした。
お行儀よく座っていたからボーリングのピンに見えたよ(笑)。
ほら、猫って、なで肩だし(笑)。

次号は大笑いの「餃子の王将」の話をしようと思います。お楽しみに。

 

 

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つぎ

 

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