☆ ☆ ☆ ☆ まえがき ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(その2)で終わる予定が長くなってしまい、(その3)までいくことになっ
てしまいました。どうも、申し訳ありません。m(__)m
なんで、私はこんなに詳しく書いてるんだろうと、自分でもさっぱり訳が分か
りません(笑)。GWということで時間があったせいかも。
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「実録 ある愛の詩 20歳編 (その2)」
「さあ、呼び出し音が来るぞ」と、息を一瞬止めた私の耳に間髪入れず飛び
込んできたのは、「プーッ、プーッ、プーッ」という話し中の音だった。
助かったという安心感と、途中までのぼったハシゴを外されたような失望感を
同時に抱いた私は、ダアーっと床に突っ伏した。体のどこもかしこも汗ばんで
いた。
で、なぜだか分からないが30分休もうと思い(笑)、結局1時間後にかけた。
だがその後、夜11時半までの2時間半、ずーっと話し中だった。
次の日は夜8時からかけ始めた。話し中だった。しかも12時までの4時間、
話し中だった。もしかしたら電話が壊れているのかもと一抹の不安がよぎり、
かけたくもない天気予報にかけ、聞きたくもない機械女の声を聞いて、そうで
はないことを確かめた。
だが次の日その次の日と、4日間で合計17時間近い話し中という空前絶後
の事態に陥るにいたり、ついに私は恐ろしい推測を思いついてしまっていた。
もしかしたら彼女の部屋に毎日カレシが来ていて、夜は毎日のように愛し合
っていて、邪魔されないように受話器をわざと上げているのではなかろうか。
んでもって偶然かかってしまって、彼女が寝乱れ声で電話に出てきてしまっ
たとしたら、ワシは彼女にとってみたらモノホンの迷惑阿呆ではないか。それ
も踊る阿呆に見る阿呆どころの阿呆ではない阿呆なのである。
だが既にサイは投げられており後に引くことができない私は、5日目となる
次の日も、もう間男でもいいや!ってな感じで電話をかけ続けていた。朝とか
昼に電話し直してみるといった冷静さはなかった。こと彼女に関しては一時が
万事、こうなのであった。
「もしもし?もしもし?」
突然聞こえてきた若い女の子の声に、もはやこの頃はジェスチャーで受話器
を耳に当てていただけで、見ているテレビに集中してしまっていた私は、仰天し
「えっ?あれ?え?誰?」と、問いかけに問いかけで応えてしまっていた。
「ガチャ、プーッ、プーッ」切れた…。切られた!
「ヤッベーッ!!」
血の気の引いた顔からバカ丸出しに汗を吹き出させた私は、すぐに掛け直した。
マジかよ、ホンマかよ、つながってもうた。
今度は呼び出し音が鳴った。あれほど鳴らなかった呼び出し音がいともアッ
サリ鳴った。相手が出た。「はい、○○アパートです」
「えっ、○○アパート?あれ、Nさん?あれ?」「Nさんですね。ちょっと待ってく
ださい」「えっ?」
女の子が廊下らしき所をパタパタと走り去るなり、「Nさーん、Nさーん、お電話
でーす」とドアをノックする音が聞こえてきた。
戻ってきて、「Nさん、お出かけのようです」と、こともなげに言った。
なんと、そういうことか。彼女は部屋に電話を持ってなかったのか。しかも
男子禁制の安アパートっつう感じの所に住んでいたのである。次の人が電話
を待っているからと切れる直前、後ろの方で「○○―、早くしないと銭湯閉まっ
ちゃうよー」という別の女の子の声も聞こえていた。
私は彼女は当然ワンルームマンションとかに住んでいると思っていたので、
去年の撮影中彼女と話をしていた時も、住んでるところの話題とかはことさら
に出なかったのである。
しかしなんという庶民的な。私は改めて彼女に惚れ直してしまっていた。
だが、つながらないはずである。住人がどれだけいるか分からないが、すべ
て1台のピンク電話でまかなっていたのである。彼女と連絡をとるのは人気コン
サートチケットを取るより難しいと噂される理由がよく分かった。
と、電話が鳴った。もしかして!と色めきたった私だったが、先輩だった。
考えてみれば当たり前であった。動転してこっちの名前さえ告げていないのだ
から、彼女からというのはあり得なかった。
先輩の、近くで飲んでるから来んかという誘いに、つながらない理由と彼女
の良面を確認しただけで、ひと仕事終えたような充実感を味わっていた私は、
もう1回アパートに電話を掛け彼女に用件を残すという可能性に全く気付く
こともなく、上機嫌で先輩の誘いに乗り、いつもより一層ハジけた裸踊りを皆
に献上した。踊る阿呆であった。
だが、それからの日々は想像以上に灘渋を極めた。つながらない理由が分
かっただけで、つながらない事実には何の変わりもないのである。本当にチケ
ット予約のようだった。で、1回つながったことはあった。だが、彼女は外出中で、
一応かけ直してもらうよう伝言を頼んだのだが、掛かってこなかった。
それは、伝言がうまく伝わらなかったのか、彼女に掛け直す気がないのか、
私が飯を食いに出た留守中に掛かってきたのか、さっぱり分からない。
意を決してそれを確かめようと彼女のアパートに掛けても、また話し中と、
もうほとんどヘビの生殺し状態であった。
2週間に及ぶ電話のヒット・アンド・ウェイの緊張で日に日にやつれ果て、
憔悴消耗しきっていた私はすでに日常生活をまともに送れなくなっており(笑)
1週間ほど前から始まっている大学の後期試験の何科目かを、何の惜しげも
なく吹っ飛ばしていた。
そして、恐ろしいことに、とうとう彼女と連絡が取れないまま、クリスマス、
そして年を越してしまった。
年が明けてからも判で押したような話し中に、もう1ヶ月経ったぞ、永遠に
彼女とは「直接」連絡が取れないのではないだろうかと戦慄しかけた成人式
一月十五日、その瞬間はまたもあっけないほど唐突にやってきた。
その日の夜、私は大をしようとトイレに入り、どうせつながらないだろうと思い
ながらも一応電話も引き入れ、儀礼的に彼女の電話番号をダイヤルしていた。
「もしもし、○○アパートです」いきなりNちゃんが出た。「うわっ!」便座に腰掛
けていた私はビックリして思わず腰を浮かせた。下半身がスウスウして頼り
なく、その頼りなさはその時の私の心境そのものだった。
「あ、あの、Nさん…ですか?」「もしかして、仙人くん?」
「え?う、うん」私は片手で受話器、もう片方の手でトランクスを履こうと
必死のステップをきっていた。
「どうしたん?なんか焦ってるよ。あ、もしかして急に女の子とか来たん?」
「来てへん!来てへん!そんな子おらんで!」「ホンマかなあ、なんかメッチャ
怪しいで」「いや、というか、Nちゃん、その、1月22日、ヒマ?」
私は下半身丸出しということもあって動転動揺の極致におり、もう単刀直入
に切り出してしまっていた。
「22日?なんで?」「い、いや、何となく」「…」
何となくって、俺はアホかぁーと自分をかえりみる事ができたのは電話を切って
からであって、この時は自分が何を口走っているのか口走ろうとしているのか
皆目見当も付かなかった。
「うーん、22日はちょっと…」『やっぱりなあ(心の声)』「じゃあ、23日は?」
「23日?…たぶん、大丈夫、だと思うけど…。何かあるの?」
「えっ?なんもないけど」「…」「いや、ないこともないねんけど」と、もうチグハグ
で支離滅裂で、あとはただ腹話術の人形のように口をパクパク動かしていた。
何とか23日の約束を取り付けて電話を切った私は、
「アカン。頭オカシイと思われた。絶対Nちゃん、俺のことアホや思うてる」と
頭を抱え、小1時間ばかり裸の尻を便座に乗せたまま、ブツブツああでもない
こうでもないと、ひとりごとを繰り返していた。
だがいつまでもそうしている訳にはいかず、それからの1週間、私は23日
という現実に向かって走らねばならなかった。あの便座のやり取りでは彼女
はどう思っているか分からないが、一応こっちとしては誕生日デートのつもり
なのである。それにはプレゼントだ。それが一番の問題なのである。
カレシがいる彼女の負担にならず、実用的で、かつウィットに富んで、それ
なりにお洒落で、ジョークにもなる、そんな楽しくて心和み、さすが仙人くん
と彼女を唸らせるオリジナリティ溢れる贈り物をしたいと考えていた。
まあ、一応自分の中で当たりはつけていた。彼女はサークルでは自他共に
認めるお風呂好きとしてその名を轟かせていた。撮影の時も、「お風呂に行か
なきゃいけないから」という理由で早退して、皆にからかわれたりしていた。
私は訳分からん子やなあと、その訳の分からなさにも惚れていたのであるが、
アパートにお風呂がないのだから、なるほど道理は通っていたのである。訳が
分からないのは私の方であった。
そういったことから、私はなんと、石鹸を贈ろうと考えていたのである。
今から考えてみれば、中元歳暮でもあるまいし、石鹸を贈るなど、それこそ頭
オカシイのだが、その時の私はすっかり自分のアイデアに酔いしれており、その
アイデアの珍奇珍妙さに気付く自己客観性は、マグマのごとくほとばしる恋情の
前に望むべくもなかった。
とにかく人が贈らない自分独自のモノを、との考えだったが、策士、策に溺れる
とはこのことである。
もちろん花王の石鹸や牛乳石鹸ではさすがに狂人だということは、その時の
私にだって分かる。なので、どこかに彼女の胸を打つ石鹸はないかなあと、毎
日毎日石鹸石鹸とブツブツ繰り言を言って、ドイツ語などの重要どころの試験
を、ほとんど無いものとして闇に葬っていた。
で、デートの日を2日後に控え、焦りから胃がキリキリと悲鳴を上げ始めたころ、
コンビニでJJだかCanCamだかを立ち読みして石鹸を探していた私の目に、
「CLINIQUE」という見たこともない名前が飛び込んできた。
記事を読めば、よくは分からないが、とにかくお客様一人一人のニーズに合っ
た、多種多様な素晴らしい石鹸をご用意してあるようなことが書いてある。私は
直感的に、これだ!と思い、メモ帳に「クライニキュ」と刻みつけた。
問題は、この頃の私には、この「クライニキュ」は、どこに行って、どうやって
購入するのかさっぱり分からないということであった。そこで私は一人の男の
顔を思い浮かべていた。
高校時代の度胸試しの万引きでは、必ず化粧品を盗んでいた男。3週間前の
健康ランド戦争に従軍した無二の親友。一足先に現役で同じ大学に受かった、
今は2回生の優男、Y沢君であった。そうだ、彼に聞こう!
「それ、クリニークや、仙人」
電話に出たY沢君は本当に腹を抱えながら笑った。「ミーシャも使ってるで」
ミーシャというのはY沢君の彼女であった。別に外人とかそういうことでは
なく、私とY沢君の間だけで呼び合う隠語だった。
語源は確か、Y沢君の言った「彼女は子熊に似てるんや」に、何のマスコット
だったかは忘れてしまったが、「子熊のミーシャ」というキャラクター商品があって、
そこからミーシャと付けたと思う(笑)
高校時代の私とY沢君は、クラスの女の子全員に自分達だけに通じるあだ
名をつけていた。インベ、ヘロキャン、ミエオンナetc…。うーむ、全く訳が分か
らん。正気の沙汰じゃないな(笑)。
今、語源が思い出せるのはインベだけだ。インベはインベーダー(宇宙人)の
略で、その女の子が今にも目からレーザービーム光線を発射するような顔つき
をしていたところから付けたと思う(笑)。もちろん本人には、口が裂けても言え
ない。光線を発射する顔つきというのはどういう風貌だったか忘れてしまったの
に、インベという語源だけ覚えているというのも何か可笑しい。
ヘロキャン、ミエオンナに到ってはさっぱり分からん。
で、話は戻って「さすが、Y沢やなあ」と感心する私に、「まあ、その辺はな」と、
相変わらず「俺って大人?」然とした彼がいた。
「で、どこに売ってるん?」「四条阪急とか高島屋にたぶんあると思うで。だいた
い一階に入ってるわ」に私は「サンキュー!」と電話を叩き切るや、取るものも
とりあえず、四条河原町にカッ飛んで行ったのであった。
次号に続く。
☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆
携帯がないこの頃、ホントに今では考えられないような、スレ違い、行き違い
というのが頻繁にそこかしこで起こっていました。
鬱陶しくもありましたが、こうやって書いてると、懐かしさもあり何だかそれ
も良かったのかなあと思う今日この頃であります。