[2001/4/19]

猿少女 その2

 



「猿少女 その2」

 2回目の遭遇を終えた私は、もはや機械仕掛けの人形のようにひたすら
両の脚を前に繰り出すことに専心していた。瞳には恐怖色に濡れた暗幕が
張り付いていたことだろう。

 だが私は次は彼女に話し掛けてみようと、それはもう脅迫にも似た気持ち
で自分にけしかけていた。別に好奇心とかからではない。このままでは怖く
て怖くてしょうがなかったのである。とにかくこの世のものであることに「した
かった」のである。30過ぎのオッサンが10才の女の子に話し掛けることの
不自然さとある種のアブナさに気付いたのは、今こうして冷静になってから
である。

もう仙人、やぶれかぶれである。強引にまぶたを見開いて少女が座る桜の
木へ猛進していった。

「どうやって登ったの?」

…と、話し掛ける対象はどこにもいなかった。彼女は…、忽然と消えていた。
本当にそれは見事なものだった。私が1周するのにかかる時間は1分くらい
なのである。そして、彼女は1分では下りることができないくらいの高さにいた
のである。よしんば下りることができたとしても、走り去る姿くらいは見られても
不思議はないのだ。

 マジに彼女は消えていた。姿を消したのではなく、ただ消えていたのだ。
「当たり前のように」いなくなっていた。
というか、最初からそこに人がいたという雰囲気がないのである。
ただ桜の木だけがあった。

 私は、辺りをキョロキョロ見回した。そこで今さらのように周りが真っ暗なの
に気付いた。最初の彼女との出会いから数分あまり。まだその時、空はたそ
がれていたはずだ。彼女の姿だって、カールだって見えたのだ。確かに見た。
だが、その確信さえ萎えさせてしまう暗さだった。

 そう言えば、人の声もしない。多くはなかったが、さっきまでのグラウンドや
小公園の人の声も全くなくなっている。
というか、「さっき」って?「さっき」っていつなのだ。

 まるで森全体から禅問答を仕掛けられているような圧迫感を感じた私は、
きびすを返し公園の出口まで一心不乱に歩いた。ただやみくもに歩いた。
そして、公園を出たとたん堰を切ったように走り出した。
「ヤッベー!ヤッベー!」
部屋に着くまで何度もうわ言のように繰り返した。

 と、いうわけなのである。この話がこんなに長くなるとは思わなんだ。
生きた人間の子やったんやろか。ただ単に木登りが好きな猿少女やったん
やろか。でもなあ、腑に落ちんもんなあ。ホンマに消えたとしか言えん。でも、
あの池で以前溺死したカール好きな女の子がいたっていう話も聞かんしなあ。

こういう風にグルグルああでもないこうでもないという想像の連鎖が広まって、
案外怪談って出来あがっていくのかもしれない。

 最初、人は一生のうちで何回くらい見ず知らずの人間の話題に上ってしまう
ものだろうかと考えたのはこういうことで、彼女がタダのすばしこい猿少女だ
ったとしたら、あの後彼女は、この街のどこかで家族と共にゆうげを楽しんで
いたはずである。そして、よもや自分が公園の池で非業の死を遂げたカール
好きな少女、または木登りが大好きな猿少女としてメルマガで配信されている
とは夢にも思わないはずなのである。

 そう考えてみると自分も、全く思いもよらぬ道化として人々の俎上にのせら
れているのやも知れぬのう。うーん、まったく想像もつかんな。なんて言われ
てるんだろう。

 そう言えば確信犯としてそれをやったことはある。仙人、学生時代250cc
のバイクに乗っていたのであるが、それを駆って北海道1周に出かけた時
のことだ。道東は知床にカムイワッカの滝というところがある。

 その滝は滝つぼが天然の露天風呂になっている名所で数多くの観光客
でいつもにぎわっている。混浴といえば混浴なのだが、だいたい男も女も
水着ですな。滝つぼもそんなに大きくないし、人も多いし。

 その時仙人はカムイワッカへ地元のユースホステルで知り合った男旅行者
数人(全員学生ね)と行き、海パンで滝つぼ温泉を満喫していた。

と、女子大生と思われるグループが仙人達に、滝をバックに写真を撮って
ほしいとカメラを手渡してきた。我々のうちの1人がその役を買い彼女達の
写真を撮ってあげた。そうこうするうちに、一緒に写真に入りませんかと言
ってきたので、我々は中腰で座っている彼女達の後ろに立ち、笑顔で写真
に収まった。

 一見すればよくある光景かもしれんが、よくはないことを我々はしていた
のである。はい、チーズとシャッターがおりる瞬間、我々は自分のチ○ポを
海パンから出し、前の女子大生の頭の上にのせていたのである。というか
直接のせたのでは気付かれてしまうので、頭の上に出したと言ったほうが
正確だが。

 もちろん、彼女達はよもや自分たちの頭の上でそのような陰謀が進んで
いたとは知る由もない。旅行から帰って写真を現像に出してみて初めて、
自分たちの頭の上に褐色の「ちょんまげ」があることに気付くのだ。
しかももう一度言おう。その写真の中で、我々は笑っていた。

 彼女達は見ず知らずの仙人達のことをどう噂していたのだろう。そしてどう
噂しているのだろう。若気の至りと言ってしまえばそれまでだが、今でもあれ
は結構お手柄だったなと、自分で自分をほめてあげたいとも思っている。

 これは確信犯だったが、自分でも気付かぬうちに案外たくさん話題にのぼ
ってるんだろうな。そして、それはたいがいロクでもない話題としてなのだろう。
今この瞬間もどこぞで噂されているやもしれんのだ。

 誰かが自分の噂をしていると、クシャミが出ると昔からよく言われる。
この時期絶えずしているクシャミも、あながち花粉症のせいばかりと言えない
かもと、一人ごちる春の夜長の仙人であった。


☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆

カムイワッカの滝。何で自分がそんなことをしたのか、今だに訳が分からない。
どうかしていたとしか言いようがない。

う〜ん、それにしても、あの猿少女は何だったんだろう。
あれから一度も見たことがない。
しかし、猿少女っつう言い方も芸がないのう(笑)。

 

 

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つぎ

 

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