[2001/4/19]

猿少女 その1

 



「猿少女 その1」

 人は一生のうちで何回くらい見ず知らずの他人の話題になってしまうもん
なんかねえ。いや、ふとそんな事を考えてしまったのは、先月末に不思議な
体験をしてしまったことにある。

 いやあー、びっくりしたねー。もしかしたら仙人、初めて幽霊なるものを見
たかもしれんのである。でも、イメージ全然違ったなあ、姿かたちも目撃する
状況も。何のことはない。近くの公園をジョギングしている最中に見てしまっ
たのである。

 仙人は時々心が鬱になり過ぎてどうしようもなく気分が落ち込んで気持ち
悪くなることがあるのだが、そんな時は経験上、無理やりジョギングしたりす
るとちょっぴり回復することが分かっているので、1ヶ月に2,3回くらい衝動的
に駆け出すことがある。

この日もそうだった。この時期、花粉症のこともあって必要な時以外あまり
部屋の外に出ないようにしている仙人だが、花粉の恐怖を補って余りある
気分の落ち込みに、近くの公園にジョギングしに行った。

 その公園は閑静な住宅地にあるにしては結構大きなもので、サッカー場と
いうか野球場というかそういったグラウンドと、様々な樹木が生い茂り、その
間を縫うように這っている遊歩道、真ん中に小さくはないが子供を溺れさせる
のには役不足の池、そこに水を流し込んでいる人口川、木製ジャングルジム、
ブランコ、ベンチなどが置いてある藤棚付きの小公園などから成っており、
近くの住人がそれなりのハイソ気分で憩うには十分すぎるほど雰囲気がある。

 特に樹木は桜の木が多く、花見の時期は少なからぬ物見遊山でにぎわう
都内の隠れたスポット的な要素もままあり、まあ、ふだんからカップルや子供
連れ、スケボー君、ジョガーなどで賑々しくて、怖がりな仙人にとってはちょうど
イイ感じで寂しくなくって、結構お気に入りなんだな、これが。

 ところが、その日はどうしたことか人が少なかった。いるにはいるのだが、
グラウンドの方だったり小公園の方だったりして、仙人がジョギングコースに
している遊歩道には人っ子一人いない。時間的にもまだ夕方で、普段なら犬猫
の散歩散策に楽歩している人がいてもおかしくない頃合なのである。

 まるで空間全体が私に何か体験させようとする企みで霧がかっている気が
しないでもなく一瞬躊躇したのであるが、私も30を越えた身、引き返すには余り
に鈍くなり過ぎた第六感を心底に沈ませ、そのまま人工けものみちに分け走っ
ていったのである。

 ふと、目の端になにか映った。ちょうど池の横に張り付いている道を走って
いた時だ。ドキッとして目をやると、大きな桜の樹の上の方、建物でいうと2階
くらいの高さであろうか、樹の本道が太い枝3本くらいに分かれていく三ツ又の
部分があるのだが、な、何とそこに、年の頃にして10才くらいのポニーテール
の女の子が座っていたのだ。

心臓わしづかみやったねえ。

「今のなんやっ!? えっ?おいおい…」

 目の錯覚か?何であんな高い場所に、しかも1人でおるんだ?どうやって
登ったん?えっ?マジに何?

 たとえ振り返ってみても、他の樹木群にさえぎられ確認することは難しいこ
とは分かっていたし振り返りたくもない私が、実はその時点で池をぐるっと周
っているこの道を既に2周目に入ってしまっていて、遅かれその少女との邂逅
ポイントに到着してしまうことに気付いたのは、たしか少女は何か持っていたぞ
と、イヤイヤ思い出してしまった頃だった。

 悲鳴を規則正しい吸吐リズムに飲み込んで、仙人は恐怖の塵をほうき星の
尾のように体から四散させながら、2回目の出会いへ突入していった。

「いたっ」

 少女はいた。眼球が彼女を離れることを許さない。意思に反して私は彼女を
熟視してしまっていた。ジーンズ地のオーバーオール(古い言い方?)にスニ
ーカー、顔は色白なのは分かるが造作までは確認できない。だが、胸に抱いて
いるものは分かった。それは…「それにつけても、おやつはカール♪」のカール
だった。

 彼女はカールを食べていた。しかも緑がかったパッケージからしてチーズ味だ
ろう。俺も大好き(^o^)。だがその余りに日常的な品物に安堵しかかったのも一瞬
で、それが逆に今の非日常的な状況を際立たせていることに気付いて私は総毛
立った。

次号に続く。
明日すぐ出します!というか、もう今日か(笑)。


         ☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

季節外れの怪談風オモシロ話なんですが、でも春先って風も生暖かいし、何だ
か雰囲気ですよね。
それに、桜というのもけっこう人を惑わす力を持ってるような気がします。
だって花見客のブレークというかハジケ方って、とても花を愛でてるような気
がしないんですが(笑)

 

 

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つぎ

 

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